イギリスの食、イギリスの料理&菓子:映画
2024-01-05T21:22:38+09:00
ricoricex
イギリスの食研究家、食のダイレクター/編集者/ライターの羽根則子がお届けする、イギリスの食(&α)に関するつれづれ。chattex アットマーク yahoo.co.jp
Excite Blog
『ひなぎく』
http://ricorice.exblog.jp/30602899/
2024-01-01T00:00:00+09:00
2024-01-01T22:08:43+09:00
2024-01-01T22:08:43+09:00
ricoricex
映画
『ひなぎく』(1984年/ヴェラ・ヒティロヴァ監督)
@ シアター・イメージフォーラム(渋谷、東京)
まさか生きている間に、またしても劇場で観られる日が来るとは、ね。
1990年代前半だったか、に上映されたんですよ。
私は、下高井戸シネマ、で観た記憶。
当時、渋谷〜下北沢ガーリー系というか、岡崎京子とかカヒミ・カリィとか、
雑誌でいうと、ゲット系(と私は呼んでいた)「Zipper」とか「CUTiE」とかああいう世界観にフィットしたからか、
まだお金も余裕もあった時代だったからでしょう、引っ張ってきてくれたんですよねぇ。
私はダラダラ渋谷系(なので、ピチカートは隙がなくって、苦手)だったので、実際に渋谷〜下北沢はウロウロしていたわけだし。
いいんですよ〜! かわいくって、パンクで!
男の人を騙して生活してる、ってのもいいし、表情やファッションもいいし、
なにより映画の手法が自由! これにやられたわけです、20代の私は。
近年、フェミニスト系の映画が取り沙汰され、
英国映画協会(BFI)の「サイト&サウンド」誌が10年ごとに発表している「史上最高の映画トップ10」2022年版で、『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』が1位に踊り出す、なんていうおかしな現象(と、私には思える)まで起こったわけですが(↓)、
真の意味でのフェミニスト系(こういう言い方、本当に嫌いだけど)の映画はこれ!だと思います。
・・・
約30年ぶりに観て、記憶にもしっかりあることもあって、印象は変わらず。
それよりも、ほぼ満席で、しかも若い人がほとんどで、それに感動しましたよ、私は。
ときどき、こういうことに出くわす。
ロードショーでない、昔の映画に若い人がたくさん来ていて、時に札止めになったりとか。
つくづく、いい時代になったな〜。
50代の私が彼らの年齢、20代の頃とか、こういう映画に満席ってことなかったし、そもそも名画座とかに若者はあんまりいなかったもんね〜。
今も、私世代の人はマジョリティーこそ正しい、みたいな空気感で、
映画に対して、名匠とか大作とかと打ち出されているものこそエラい! アート系を知っていればおしゃれでしょ、そこをわかる私、頭いい! みたいなのにうんざりしていて(もちろん、そういうのにいいものもある。でも、たいていは、教科書的、というか、お利口さんがすぎてつまんない)、今の若者は、それもあり、これもあり、もちろんこういうの知ってる私、すごいでしょ、がある人がいるのは否めないけど、
人の嗜好を、それが自分とは違っていても、マイノリティーであっても、「うん、それもありだね」って否定しないのが、ほんと、いいと思うのよ。
だからこそ、こういう映画にもちゃんと人が来るんだなぁ。
・・・
MTV全盛期のヒットチャートは心を動かされるものがあんましなかったんけど、Strawberry Switchbladeには飛びついた。
「Since Yesterday」は1984年? 85年? 高校1年生の時だったと思う。
(アルバムは翌年? 高校2年の時)
『ひなぎく』初見の時から、これはStrawberry Switchblade(の世界観)のオリジネーターか?(「Since Yesterday」のMVは特に)って思ったんだけど、どうなんだろう?
mon 16/10/23
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2年後の『ザ・ビートルズ:Get Back』
http://ricorice.exblog.jp/30628733/
2023-12-26T00:00:00+09:00
2024-01-05T21:22:38+09:00
2024-01-05T21:20:53+09:00
ricoricex
映画
今秋、「Now and Then」も発売になり、
(シングルレコード(アナログ)がベストだなっ!
デジタルで聞いて、あんまりピンとこなくって(映像付きは楽しめるけど)、オーケストラが目立つなぁ、って印象で、
デモを聞いたら、これでよかったんじゃない? これがいいよ、なんて思って、
でも今日初めてアナログで聞いて、あっ、これなら! デモもいいけど(しつこい)、これはこれでありだな、となりました。
B面の「Love Me Do」はアナログでも音がきれいすぎて違和感が拭いきれないけど、ベースが響くのはいいね。)
アビーロードなどゆかりの場所に行って(↓)、
公開から2年、改めて、『ザ・ビートルズ:Get Back』を視聴。
Part2で、「そして2人になった(And then there were two)」と、ポール・マッカートニーとリンゴ・スターが映し出されてハッとする。
で、あれっ、この言い回し(ってほどでもないけど)、あっ、そーだ!
「そして誰もいなくなった(And then there were none)」、アガサ・クリスティーですね。さらに言うと、マザー・グース「Ten Little Nigger Boys」ですね。
wereと複数形なのも、ミソだなぁ、改めて。
同時に、私はこういうことを言うときに、leftをつけちゃうんだよねぇ、強調したいわけではないけど(そういう場合もあるけれど)、なんとなく落ち着かなくって。言い方のクセ。
leftをつけるのはいいんだけど、こないだ現地で痛感したのは、Lの発音が弱くなってる。。。日本語だと使わないから、その分、退化してる。
squirrel(リス、動物)もLadbroke Grove(ラドブローク・グローヴ、地下鉄の駅名)を言うのが、どうにも苦手。。。どちらもLが入っている。thisle(アザミ、植物)も得意じゃない。。。
crisps(クリスプス、ポテトチップスのこと)も最初は言えなかった。spsで舌がもつれちゃって。これは使用頻度が高いから練習して、言えるようになった。
練習すればある程度はできるようになるから、練習あるのみ、なんだけど。
・・・
これに限らず、だけど、いつから映像記録を、日本語でドキュメントと言うようになったんだろう?
ドキュメントは紙の記録(書類など)で、映像はドキュメンタリーではないのだろうか?
・・・
1か月前に5年ぶりのイギリスから戻って、
外に出ると不快な目に遭い(向こうは無意識、だと思う)、
コニュニケーションのとり方の違いはどこからくるんだろう、とぐるぐる考えていて(↓)、
この映像の中での会話部分、特にジョン・レノンとポール・マッカートニーが、ジョージ・ハリソンをどうしよう、と話しているシーンに端的。なんだけど、まだうまく落とし込めず、言語化できない。
・・・
にしても、観るたびにピーター・セラーズが気の毒だな〜。
リンゴ・スターはおしゃれだな〜。そして、彼がいると場が和むな〜。
・・・
これまでの所感はこちら(↓)。
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Wish You Were Here
http://ricorice.exblog.jp/30487830/
2023-11-10T00:00:00+09:00
2023-11-10T15:28:02+09:00
2023-11-10T15:22:02+09:00
ricoricex
映画
6年以上前の記事ではありますが、調べ物をしていて出くわして、思わず最後まで読んでしまいました。。。
撮影期間はわずか6週間だったのか!
あっ、そうそう、『Wish You Were Here』といってもピンク・フロイドじゃなくって、映画です。
『あなたがいたら / 少女リンダ』というタイトルで日本でも公開されました。
1987年暮れだったか1988年年明けだったか、冬だったのは確か。
シネスイッチ銀座でだったかな、リアルタイムで観に行きました。
当時私は18歳。大学入学で上京した年で、あれも観たいこれも観たい、でできるだけ安くたくさん、とまだ残っていたから名画座がメインだったけれど、どうしても観たいのはロードショーで、この映画はすっかり魅せられて、すぐにまた劇場に足を運んだのでした。
たくさん持ってた映画のパンフレットは、2000年の渡英の際に思い切って手放したものの、これは手元に大事にとっています。
前売り券の半券も持ってるると思います。探せば出てくるんじゃないかな。「リンダ、優しい人はいつも君のそばにいるよ」iってキャッチコピーがついていた記憶です。
内容は、というと、1950年代の海辺の町を舞台に、反抗的なティーンエイジャーの女の子、を描いた、ってものなんで、私、好きでしてねぇ。本当に好きでねぇ。私の好きな映画作品の10本の指に確実に入ります。
一般的な名作とも大作とも違うし、知る人ぞ知る、でもない、けれど、極私的にたまらない映画です。
DVDとかブルーレイとか出てない、と思います。
あまりに好きで、いまも時々繰り返し観るのですが、ひと昔前、YouTubeなどがなかった時代、
マニアックなレンタルビデオ屋があって(通常のお店では扱ってなかった)、今なら著作権の問題とかでアウト、だろうけど、そこはダビングもしてくれる、ってところで、ダビングしてもらって観てました。
英国ニュースダイジェストでは、このように紹介しているけれど(↓)、
http://www.news-digest.co.uk/news/archive/cinema/7925-wish-you-were-here.html
イギリスではともかく、日本では、映画好きの間でも、話題にならなかった。
“1980年代に多感なティーンエイジャーたちの心をわしづかみにした青春映画”ってのも間違いで、そもそも青春映画とは言えないし。
イケイケどんどんの時代、こんな暗くて明るい話は興味を惹かなかったんじゃないかな。
今もその傾向があるけれど、日本でイギリスの映画だと、当時だと眺めのいい部屋とかモーリスとかのアッパーなクラスの作品の方が圧倒的に受け入れられるし。
働いているティーハウスにお父さんがやって来るシーンとかいいです。
ティーハウスやメニューはこんな感じか、ってのもいいし、英語のやりとり(字幕の限られた中では翻訳がむずかしい)もいいんですよね。
こういうシーンもおもしろかったです(↓)。
https://ricorice.exblog.jp/9379751/
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『ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト)』
http://ricorice.exblog.jp/30520338/
2023-10-16T00:00:00+09:00
2023-12-10T09:27:57+09:00
2023-12-10T09:27:57+09:00
ricoricex
映画
『ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト)』(2022年/シリル・ルティ監督) @ シネスイッチ銀座(東京)
そういえば、9月下旬からだったな、と思い出し、確認すれば、もう上映を終わろうとしている劇場もあるではないか!
早く行っとかなきゃ!
例によって何の前知識もなく、劇場へ
(ライブでもなんでも、私は予習、っていうやり方も言葉も好きじゃない。
別に、確認をしに行くわけではないから。
仕事では下調べをするから(人と比較したことはないけれど、取材先や一緒に行った人の反応から、する方なんだと思う)、その反動かもしれないんだけど)
・・・
『ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト)』
冒頭は『軽蔑』。
作品も、音楽も好き。音楽は自分が死ぬときに頭の中を流れるかもなぁ、って感じている(実際は違うだろうけど)。
そうして初期から、基本、時系列で、映画作家としてのゴダールが描き出される。
私は、『気狂いピエロ』が好きで好きで、生涯の1本かもなぁ、って思っていて、
この頃からその傾向はあったんだけど、『中国女』あたりからつらいなぁ、となって、『ワン・プラス・ワン』(↓)でどうすりゃいいんだよ、な心境に。
まっ、当たり前といえばそうだけど、若くして、長編デビュー作でいきなり、高評価を、しかも国際的な評価を得てからの映画作りは、想像もできないほどの苦しさ、だっただろう。
本人が「映画作りしかやることがない」と言ったように、それでも映画作りをやめられなかったんだろう、好きとかそういうレベルではなく。
“壊す”という言葉が何度も出てきて、
あっ、だから私はこの人を映画監督として信頼しているんだな、と思った。
自分なぞりをしない、というか。
作ったものを壊して、それがどんなに優れたもので、壊さないと次にいけない、というか、いかない、というか。
私が、ジョン・レノンを好きなのも、『Walls and Bridges』と壁を壊し橋をかけようとしているからだし。
ル・コルビュジエの『ロンシャンの礼拝堂』を好きなのも、自分が打ち出した近代建築の五原則を自ら壊したからだし
(この建築には本当に感動した。それまでの礼拝堂とは違うけれど、時間の経過とともに変わる圧倒的な光の体験に、崇高な空間であることを体感した。
ニース郊外にあるマティスの『ロザリオ礼拝堂』は作品としてはいいんだけど、宗教的な凄みは感じられず。餅は餅屋で、ル・コルジュジエの絵画などに私は心を動かされないのと同じかもしれない)。
ヴィヴィアン・ウェストウッドはもろ“Destory”と言っていたし。
私は自分が企画を提案するときに、“ぶっ壊す!”っていつも言っているらしく(苦笑)、それを実践している人が好きなんだろうな。
・・・
作品のあれこれは、配給会社のnote(↓)や、他でもたくさん書かれているだろうから、
https://note.com/mimosafilms/m/m849c3bef6e60
そちらに任せるとして、気づきあれこれ。
『勝手にしやがれ』のラストシーンのdégueulasseを(↓)、“最低”ではなく、“むかつく”と訳していて、そういう訳もありなんだよなぁ。そこだけピンポイントで取り出すと、“むかつく”だけど、前後の流れがあるなら、やっぱり“最低”になるなぁ、と思ったり。
ジョニー・アリデーが出てきたとき、字幕はジョニーとしかなかったけれど、初出はジョニー・アリデーとしたら親切だったんじゃないかな、と思ったり。
マーシャ・メリル、ナタリー・バイ、ハンナ・シグラら、映画に出演した女優が出てきて、
揃いも揃って、チャーミングに歳をとっていて、なんとまあ、ステキなことよ!
女性との関係でいうと、どうしてもアンナ・カリーナになっちゃうんだけど、
真のパートナー、仕事も政治も(身近な他愛ないことも)さまざまなトピックを対等に話ができたのは、アンヌ=マリー・ミエヴィルだったんだな、ってのがよくわかる。
日本で公開されたのは、2022年9月13日ゴダールの死から1年経って。
ゴダールが死ぬ直前で完成したので、死に関しては入っていなけれど、なくてよかったのでは、と思う。
死んだ後だと、どうしても追悼、っぽくなるし、死に焦点が当たっちゃうから。
・・・
とてもよくまとめられている映画だと思う。
飽きないし、はっとさせらるし、うまい。
ゴダールの映画のサブテキストとしても、入門編としても、いいんじゃないかな。
ものを作るとはどういうことか、ってまたしても考えちゃった。
映画館で観なくてもいいタイプの作品なので(私には)、配信でもいいんだけど、
繰り返し観たいな〜と感じたのは、自問自答するために、自分と対峙するきっかけとして。
不思議なもんで、『ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト)』を観終わった後、真っ先に観たいと思った作品は、『ウイークエンド』(↓)。
やなやつばかり出てくるな、と感じたのは、意図してのことだったのか、と知る。
そして、『ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト)』の後、ふとした瞬間に『ウイークエンド』のいろんなシーンが浮かんでくる。
『気狂いピエロ』を初めて観たとき、よくわからなくって、
でもしばらくして、さまざまなシーンが断片的に浮かんできて、それに近い。
『ゴダールの映画史』も観たい、と思った(未見です)。
・・・
2000年代の初頭だったか中頃だったか、パリのどこかで(ポンピドゥー?)だったか、作品上映をしていて、何本かに分かれた、それぞれこじんまりとしたスペースで、ビデオ上映みたいな感じだったかなぁ、
どれから観たらいいのか、適当に入ったものの映画もよくわからなくって、そこにずっと留まっていたところで何が起こるとも思えず、不思議な思いの塊を抱きながら、会場を後にしたんだけど、あれはなんだったんだっけな。
fri 13/10/23
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『ミツバチのささやき』
http://ricorice.exblog.jp/30440010/
2023-09-13T00:00:00+09:00
2023-12-10T08:45:41+09:00
2023-09-13T20:52:13+09:00
ricoricex
映画
『ミツバチのささやき』(1973年/ビクトル・エリセ監督) @ TOHOシネマズ 新宿(東京)
初めて観たのは、18歳か19歳のとき。35年ほど前。
主役を演じた少女、アナ・トレントの『カラスの飼育』が日本で上映された際か、その後少し経ってか、2本立てだったような。。。
でも、名画座じゃなく、シャンテ・シネで観たのかなぁ、パンフレットがシャンテ・シネのデザインパッケージだったから。パンフレットは名画座でも売ってたのかなぁ。
やっぱり2本立てで観た、んじゃなかったかな。
というのも、『ミツバチのささやき』はよくわかんなくって、『カラスの飼育』はめちゃくちゃおもしろい! 子供を純真無垢な存在としてではなく邪悪さも描いていて、いい!を同じ時に持った、と記憶してるから。
その後しばらくして、同じくアナ・トレント主演の『エル・ニド』が日本にやってきて、
『ミツバチのささやき』と2本立てになって(2本立てじゃなかったかも。記憶が曖昧)、
以前よくわからなかったからもう一度、と観に行ってやっぱりよくわからなかった。
・・・
「午前十時の映画祭」で映画館上映されると知り、そんなことを思い出して行く。
ミニマムというか、セリフも音も少ないのよね。
じゃあ、わかんなかったか、というと、わかなくってもいい、ってのと、わかんないこと含めて引き受ける、というか、それでいいと思った。
家の窓が六角形のハニカム模様なのは、彼らの家族もミツバチであることの象徴か〜、とは感じたけど。
・・・
それでいいのに、町山智浩の解説(というかネタばらし)つき。
頼んでもないのに。制作サイドがそうしろと言ったわけでもないだろうに。
町山智浩の解説がどうのこうのじゃない。
彼が言っていることは、彼自身の解釈ではなく、監督はじめ製作者の意図を伝えてるに過ぎないし。
要らない。
観方を限定させないで。自由に観させて。
必要なら、今の時代、自分で探すし、探せる。
解説付き上映は今すぐやめてほしい。
どう観るかは観客の自由。
わからなかったら、それも含めて、映画の鑑賞というもの。
そもそもわかればいいというものではない。
映画は娯楽である。教養ではない、(アーツ、ではある)。
教養にしても、その感じ方はまずは個人に委ねるものである。
観方を限定するやり方には、断固反対する。
制作サイドとして、こう観て欲しい、はもちろんあるだろう。
私自身、(書籍とか)作り手側の人間だから、意図は当然あるし、その気持ちはわかる。
でも、作品っていったん世に出たら、受け取り手のもの、だと私は思ってる。
例えそれが、意図しないことや作り手サイドからいうと的外れなことでも。
解説とか、感動の押し付けとか、有名人やメディアの名前を出して誰かはこう思った(だから追随しろ)とかも、ほんと、要らない。余計なお世話。
どう考察するか、疑問は自分で調べる、どう感じるかも自分が決める。
・・・
それはそうと、わかった!
なんで私は頻繁に、トドラーにニコニコされたり話しかけられたりするのか。
顔(顔立ち、というより配置?)とか体型がトドラーだからだっ!
5歳のアナ・トレントを見て、そうか!となった。
何年も前に(サントリーの)ダカラちゃんに似てる!と言われて、確かに、幼稚園から小学校低学年くらいの彼女に似てるなぁ、と自分でも思ったのも、そこだ!
wed 06/09/23
<追記>
2023年9月14日(木)づけの、BFI(イギリス映画協会)のサイトに、
『ミツバチのささやき』含む、その頃のスペイン映画についての、1974年のレビューが掲載されました(↓)。
非常に読み応えのあるテキストです。
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Is Life Sweet?
http://ricorice.exblog.jp/30436900/
2023-09-10T00:00:00+09:00
2023-09-10T00:06:29+09:00
2023-09-09T13:59:43+09:00
ricoricex
映画
あっ、『Sweer Sixteen』だっ!
記事のトップ写真を見て、思わず反応。
これ、ケン・ローチ監督の2002年の作品。
全然、スウィートじゃない、16歳の少年の物語。
16歳はイギリスで義務教育が終わる年齢、大人になる年でもあるのですが、“Sweer Sixteen”という言葉から想起させる、
アメリカ合衆国っぽい、特に女の子が、16歳の誕生日が大人になる意味合いを持ち(今も、かな?)、
まさにそんな、アメリカの女の子の16歳の誕生日を扱った、
『Sixteen Candles』(邦題:すてきな片想い、1984年のアメリカ映画。ジョン・ヒューズ監督)
の、それこそスウィートな世界とは大違い!
私の目が留まった、その記事のタイトルは、
“'Acting Hard'"
BFI(British Film Institute/英国映画協会)の今月の特集で、
'Acting Hard'というタイトルだけではわからないかと思いますが、
“サッチャー政権下の時代から現代まで、イギリス映画における労働者階級の男らしさの表象を探求する”をテーマに、映画上映が(すでに)行われています。
このテーマを理解するには、こちらのレビュー(↓)が役立ちます。
Acting hard: working-class men and British cinema
https://www.bfi.org.uk/features/acting-hard-working-class-men-british-cinema
こちらのレビューで ‘kitchen sink’ dramas(kitchen sink realismとも)と記述があるように、直訳すれば、“台所の流しのドラマ”。
普段は見せない家庭の内側、つまり、日常生活を見つめたリアリズムを描いたドラマ(作品)という意味で、そういう映画が集められています。
この手の作品は、私自身がバリバリ労働者階級(ワーキングクラス)の人間なので、国は違っても腑に落ち、グッと胸につまるものが多く、好きなんですよねぇ。
結末はつらいものが多いのですが、それも含めて、現実はこうなんだ、というね。
・・・
私がこの手の映画で最初に触れたのは、'Acting Hard'特集でも選ばれている『マイ・ビューティフル・ランドレット』。
私が上京した年、1987年に映画館でかかって、衝撃を受けたのです。
今と違って、ネットがない時代、そんなに情報が入ってこないでしょう。
イギリスはまだ英国病とも呼ばれる不景気の中、ってのは知ってたけど、市井の人たちの生活は知らなかった。
日本に入ってくるのは、伝統的だったりポッシュなものだったり、私は音楽が好きなので、ぼんやりとワーキングクラスの閉塞感や鬱憤みたいなものは感じてはいたけれど、生活ぶりがわからなかった。
ようやく垣間見られたのが、『マイ・ビューティフル・ランドレット』だったってわけです。
移民、ゲイ、下町、そういうものが描かれていて、もちろん、ここで描かれている世界がワーキングクラスのすべてではないけれど、そうか、そうなのか、と映画とは別のところで食い入るように観たのです。
っと、こんなのもありました。
『マイ・ビューティフル・ランドレット』のロケシーンの撮影時と今(↓)。
How the London locations of My Beautiful Laundrette have changed since the 1980s
https://www.bfi.org.uk/features/my-beautiful-laundrette-locations
・・・
この特集では上映されないのですが、'Acting Hard'の代表的な作品といえば、『ケス』(1969年/ケン・ローチ監督)でしょう。
私、好きでねぇ。生涯のベスト10に入ります。
主人公を演じたデヴィッド・ブラッドリーが、この映画のエンディングを"too painful"と。
「生活の経済的現実に根ざしていて、単なる少年と鳥の物語ではないんだ」とはケン・ローチの弁。
私もそう思います。でも、だからこそ、この映画は心にズシンと響き、そうして普遍性を帯びたんだと思います。
こちらの記事からエンディングシーンが観られます。
(『ケス』およびケン・ローチについてはこちらをご参考に(↓)。
牛乳配達員が運んだものは https://ricorice.exblog.jp/9565209/
『夜空に星のあるように』 https://ricorice.exblog.jp/30404829/
ついでにこちらも(翻訳の方、本当にどうぞお願いします!)
フランツ・フェルディナンド「Jacqueline」 https://ricorice.exblog.jp/5551243/
・・・
ワーキングクラスを扱った'Acting Hard'な映画はhopelessでhelplessな作品が多く、私は好きなのですが、つらい、と思う人がいるのも事実で、
最近では。こんな映画が登場しています。
以下の、最後のDazed and Confusedのレヴューがとっつきやすいか、と思います。
これは観てみたいですねぇ、日本でかけてくれる、かなぁ。
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『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
http://ricorice.exblog.jp/30437027/
2023-09-06T00:00:00+09:00
2023-09-09T16:57:24+09:00
2023-09-09T16:57:24+09:00
ricoricex
映画
『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(2021年/ジュゼッペ・トルナトーレ監督) @ 目黒シネマ(東京)
去年の終わりだったか、今年の頭だったか、
東京・渋谷のル・シネマLe Cinéma – Bunkamura(現在は、渋谷宮下に移転)でかかっていて、へぇ〜、くらいに思っていて、
というのも、どうも、『ニュー・シネマ・パラダイス』の(お涙頂戴路線の)映画の作曲家としてまず打ち出されるのが、こういう安っぽい感動を付加させるやり方が、どうにも肌に合わなくって、ね。
映画(に限らないけど)の公式サイトや宣伝も、有名人やメディアを持ち出して、感動の押しつけやあらかじめこういうふうに感じなさい、の誘導は心底やめて欲しい。一気に失せる。うんざり。どう感じるかは自分が決める。
(話は逸れるけど、鮎川誠が亡くなり、テレビや劇場で映像が放送される際に、“家族の絆”をやたら前面に出すのは大いに疑問。客を取り込みたいんだろうけど、おかしくない? 真っ先にそして大きく取り上げるべきは圧倒的にミュージシャンとして、じゃない?)
こういうとき。得てしてサブタイトルに如実に表れるね。
もっとも本作については、『ニュー・シネマ・パラダイス』と同じ監督だから、ある程度は仕方ない、とはいえ、ね。
そんなわけで、私にとっては、いやいや、まずは、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』あたりでしょ、だったんだけど、
『時計じかけのオレンジ』の音楽をキューブリックが打診した、ってエピソードも入っている、ときき、俄然興味が湧く。
渋谷での上映には間に合わなかったけれど、さっすが目黒シネマ。
ちゃんと持ってきてくれました。
・・・
やっぱ『続・夕陽のガンマン』だな。
ラモーンズがSEでかけてたんだよね。
私も体験したことがあって(クラブチッタ川崎、ってのもよかった)、メンバーがステージに登場する直前、照明が暗くなって、周囲の人たちがシルエットになって、そこにあの曲でしょ、それはそれは印象的で、それはそれはワクワクして、ものすごい高揚感に襲われたのよ。
メタリカも、か。
モーターヘッドもそうだったよね。あっ、モーターヘッドが『夕陽のガンマン』だっけ?
『Ace of Spades』のジャケットは、マカロニウェスタン(スパゲッティウェスタン)への愛を感じる。
・・・
賞、って、絶対ではないけれど、ひとつの目安や目標であるのは間違いなくって、
こういう数値化できない、でもいいものをちゃんと賞という形で評価する、ってのは意味があり。
実際私が、自分が編集を手がけた(映画でいうと監督、ですね)本が世界的な賞を受賞したときは、評価されたことがやっぱり嬉しかったし、励みにもなったし。モリコーネに対しても、素直に、文句なしに、アカデミー賞獲れてよかったね、って思っちゃった。
私が観に行くきっかけとなった、キューブリックが『時計じかけのオレンジ』の音楽を打診したってエピソードもあって、そういうことだったのね。すっかりイメージは固定されちゃてるけど、果たしてモリコーネが引き受けてたらどうなったかな。
『時計じかけのオレンジ』はやらなかった、としても、関係性ができれば、その後の映画で、って可能性もあっただろうし。
いいように動いたかもしれないし、そうでなかったかもしれない、から、やんなくてよかったかもしれないし。
つくづくこういうのって、タイミングと運だよなぁ。
fri 14/07/23
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『東京物語』
http://ricorice.exblog.jp/30432728/
2023-09-02T00:00:00+09:00
2023-09-07T14:02:57+09:00
2023-09-03T17:44:03+09:00
ricoricex
映画
'I wonder where I'll be?'
(私はどこにいるだろう)
こんなセリフあったっけ?
・・・
ここのところ、ソーシャルメディアでやたらと上がってくる『Tokyo Story』。
1953年、小津安二郎監督の『東京物語』ですね。
特に設定をしていないので、アルゴリズムのなせる技ではあるのだけど、
9月1日(金)から、イギリスおよびアイルランドの映画館で公開だから(↓)。
あるときの投稿にあったのが、冒頭のセリフ。
上のリンクの上映映画館と日程を記したページには予告編もあり、ここで冒頭のセリフがなんのことかやっと分かる。
(孫が働くようになった頃には)「おばあちゃん、おるかのう(生きているだろうか)」で、
ああ、こういう訳をあてたのか。
I will no longer be alive.だとあまりに直接的だけど、こうしなかったのは、
訳はやはり単に言葉を置き換えるのではなく、その言葉が意味するところを別の言語の言葉にのせる、ってことなんだよなぁ。
こちらのシーン(↑)の切り取りでは、
Isn’t life disappointing?(いやねぇ、世の中って)
Yes, nothing but disappointment.(そう、いやなことばっかり)
・・・
映画館でかかるっていいな。
でもって、こういう予告や切り取りを観て、英語の字幕で観たい、と思いましたよ。
日本語とはまた違うけど、でもやっぱり膨らみのある言葉で胸を打つ。
ざっとの印象だけど、日本語より英語訳の方が、(生と)死のにおいがする。
そこで。
「私ずるいんです」
は、どう英語に置き換えているんだろう?
・・・
『東京物語』は、昨年、2022年末に発表された、10年に一度、
BFI(British Film Institute/英国映画協会)、媒体としては“Sight and Sound”)が“世界中の映画人のアンケートで決めるオールタイム・トップ100”で4位に選出。
The Greatest Films of All Time
(ちなみに1位の結果は、議論の的となりました。
映画そのもの、もなんだけど、昨今のフェミニズム云々の時代が反映されて、なんとしてもこれ!というよりも、これも入れとくか〜、な票が多かった結果だったのでは、とふんでいます。
同メディアの“監督によるトップ100”でも4位に
(私には、こっちの結果の方がしっくりきます)
Directors’ 100 Greatest Films of All Time
・・・
『東京物語』のレビューも上がってきてて、その2本。
Tokyo Story review – Yasujiro Ozu’s exquisite family tale stands the test of time
https://www.theguardian.com/film/2023/aug/31/tokyo-story-review-yasujiro-ozu
Tokyo Story: anatomy of a classic
https://www.bfi.org.uk/features/tokyo-story-anatomy-classic
後者のBFIのレビューは長いけれど、読み応えあり。
資料を紐解き、説明し、その上で見解を述べる。
日本の社会やその時代を知らない読者が前提だからだろうけど、私にもありがたい。
同時に、プロの批評/解説とはこういうものか、を突きつけられているようにも感じて、途方に暮れる。
BFIは『雨月物語』のレビューもよかったな。
https://www.bfi.org.uk/sight-and-sound/features/essay-uncanny-ugetsu-monogatari
・・・
以下、補足というか役に立てば。
14年前に観に行った際の所感(↓)。
「東京物語」
https://ricorice.exblog.jp/9391360/
『東京暮色』
https://ricorice.exblog.jp/30297710/
「生誕120年 没後60年 小津安二郎展」@神奈川近代文学館
https://ricorice.exblog.jp/30333105/
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『トレインスポッティング』『キングスマン』
http://ricorice.exblog.jp/30432891/
2023-08-19T00:00:00+09:00
2023-09-03T21:03:35+09:00
2023-09-03T21:03:35+09:00
ricoricex
映画
『トレインスポッティング』『キングスマン』 @ 目黒シネマ(東京)
お盆だから?
目黒シネマの、2023年8月13日(日)〜19日(土)の1週間は、
“マルっとアンコール上映週間”で、2本立て×4組を日替わり、午前/午後入れ替えで。
ピタッとタイミングが合った日時があって、行ってきましたとさ。
・・・
『トレインスポッティング』(1996年/ダニー・ボイル監督)
多少の時代感を帯びてきているけど、観ちゃうなぁ、飽きないなぁ。
音楽と疾走感と。
何度も観てるのに、初めて気づくこともありまして。
ナイトクラブが『時計じかけのオレンジ』のコロバ・ミルクバーのオマージュなのは初見で気づいたんだけど、
女性用トイレの壁に描かれていたのは、『タクシードライバー』のアイリス(ジョディ・フォスター)だ〜!
ダニー・ボイルは初の長編映画でもある前作『シャロウ・グレイブ』で、ユアン・マクレガーが『ウィッカーマン』を観るってシーンがあって、イギリス人はほんと、『ウィッカーマン』好きだよなぁ、って思ったんだよなぁ。
で、で、で、
なんでこの映画おもしろいんだろう?って明確な答のひとつに、やっと気づいた。。。
ラストシーンだ!
普通の人たちの生活に戻る、って流れだけど、悲壮感がない。
『さらば青春の光』にしろ『ノーザン・ソウル』にしろ、これで青春が終わって、出口がないまま、結局、やむなく、つまんない(とされる)ふつーの人の暮らしに迎合する、って未来を暗示させるんだけど、
『トレインスポッティング』の場合は、選択肢があった上で、ふふふん、あんたたちと同じ暮らししてやるよ、っていう積極的ともいえる、軽い身のこなしが痛快、なんだな。
この頃、カウンターカルチャーとか、インディーとかアンダーグラウンドとか、メインストリームとの、わかりやすい対比がなくなって、そういう世の中の流れに呼応してるんだろうな。
それにしてもこの映画、shite、shite、shiteをやたらと連呼するな(笑)。
・・・
『キングスマン』(2014年/シュー・ヴォーン監督)
映画自体はねぇ、どーでもいいです(笑)。
あっ、主人公の住んでいるフラットは、アレクサンドラ・アンド・アインスワース/The Alexandra and Ainsworthで(↓)、ここ低所得者用じゃないです。そして建築がすばらしい!
あっ、あっ、オープニングでダイアー・ストレーツのMoney for Nothingが流れてたんだけど、マーク・ノップラーのギターってすぐわかるね。
それよりも、この映画は動くカタログ。
コリン・ファースのスーツ姿のかっこいいこと!
私は、コリン・ファースにはなんの思い入れもないんだけど、いかにも仕立てのいいスーツがよく似合う。
モデルとは違って、リアルでこういう人いそうで、これって体型にもよるから、アングロサクソン、ずるい!というか、イングランドのスーツはアングロサクソンのためのもの、って思ってしまった。。。
そう、コリン・ファースが、よりも、スーツとか靴とか傘とか、身に着けているものがいちいちかっこいい。
衣類や靴、小物がバーンと画面に出てくると、食い入るように見てしまう。
そういえばコリン・ファースって『アナザー・カントリー』(映画ではなく、舞台の方)でもスパイ役を演ったんだよなぁ。
スーツ姿のマイケル・ケインもかっこいいんだよなぁ。
でもって、ピンク色の(淡いとなおよし)、襟のあるシャツやポロシャツって、男性にこそ似合うんだよなぁ。
一方の主人公は、ワーキングクラス(なのか?)の出身って設定で、
それっぽいだらりとした格好をさせているんだけど、
フレッドペリーの黒いポロシャツを着ているシーンもあって、
そうなの、フレッド・ペリーって、ワーキングクラス出身のプレイヤーが、ポッシュなスポーツと考えられていたテニスの世界で、階級格差を乗り越えて頂点に立つ、っていう背景を備えていて、
だからこそフレッドペリーはワーキングクラスのおしゃれさんに愛されてきたわけで、
そこは映画の主人公が勝者になるのにリンクさせるためでもあり、どういうクラス(階級)の人間なのかを示すためでもあり。
何も考えないで観る娯楽映画だし、パッとわからせるためなんだろうけど、これ以上ないほどのどストライクで、な〜んか安直だな〜。
あ〜あ、困っちゃった!
物欲を刺激されちゃったよ!
フレッドペリーの定番のポロシャツはあまりに似合わないし、日本のはだっせー、まっしぐらなので、
なんか変なものに出合ったら、要検討とする。
職人が作った、いいものが欲しい!
身に着けたときの、あの体になじむ感じ。うっとりしちゃうんだよなぁ。
靴は別。
最初はぎこちない。それが履くうちに、しっくりくるようになって、体の一部のようになる。
靴! 靴! 靴!
私は靴が好きで、革靴が好きで、身に着けるものでいちばんお金もかけてるし、家事的なことは好きじゃないのに、靴の手入れは苦にならないし。
スクリーンで、いい靴をほれぼれしながら眺めていたら、
ここ数か月、どうしようかな〜、とぼんやり思っている、
Church'sの茶色のサイドゴアのショートブーツが本気で欲しくなった!
タイミングがいいのか悪いのか、思わぬところから(というか、忘れられていた)購入に十分な入金があったばかりだし、これは迷わず買え、ってことか?
tue 15/08/23
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『金持を喰いちぎれ』
http://ricorice.exblog.jp/30406947/
2023-08-04T00:00:00+09:00
2023-08-05T00:00:23+09:00
2023-08-04T23:29:09+09:00
ricoricex
映画
くっだらね〜!(笑)
これ、最高の褒め言葉でしょう、この映画には。
『金持を喰いちぎれ』(1987年/ピーター・リチャードソン監督)
@シネマート新宿(東京)
1987年ってことは、サッチャー政権下、か。
日本ではバロネス・サッチャーってビッグ・バンを決行した、など、行動力のある政治家、という捉えられ方がなされているように思えるけれど、
イギリスの労働者階級の人たちは問答無用、とにかくサッチャーが大嫌い。
とりわけ北の人は。映画なんかでよく描かれる、炭鉱閉鎖、もあったしね。
10年前に亡くなったときの反応はすさまじく、さすがにたじろぎつつも、その深さを思い知った私です。
こういう映画が作られた、ってのは、当時の状況として、相当鬱憤が溜まっていたってのがよくわかる。
とはいえ、ストーリーはあるようなないような。。。(笑)
・・・
準主役級で出演してるのはレミー@モーターヘッド。
劇中ではモーターヘッドの曲がかかります、まったく、映画に合ってんだか合ってないんだか(笑)。
突如、レミーが演奏しちゃたりもしてます(笑)。
歌ってるときと、話しているときの声の印象が違うって人、結構いるけど、レミーもそう。
歌ってるときはダメ声だけど、喋ってるときは控えめで穏やかなんだよなぁ。
シェイン@ポーグス、サー・ポール・マッカートニー、ビル・ワイマンら、ゲストミュージシャンが出演。ムダに豪華です(笑)。
・・・
金持ちが集まるレストランが、最初は“Bastards”って名前で、そーゆーことね、
これ、非嫡出子、であり、ここから派生して、イヤな奴、って意味。
いかに金持ちが来る店か、ってのが
メニューがね、starterじゃなくってフランス語のentréeなのからも読み取れ、
スノッブ感満載で、交わされる会話も嫌味ったらしい(笑)。
で、メニューにswan liverなんちゃら、ってのがあって、
fat liver、フランス語でfois gras(フォアグラ)を想起させるのと同時に、
かつてイギリスでは白鳥を食べることが特権とされていた時代があったんですね
(割愛しますが、その名残で、白鳥はすべてその時の君主のもの)。
それでか〜、と思った次第。
店名が変わると、今度は“Eat the Rich”。
映画のタイトルにもなっていて、な金持ちを食べろ、は比喩じゃなかった、というね。
・・・
シェイン@ポーグスらの一味が、ブルー&ホワイトのティーポット、カップ&ソーサーでお茶をするってのもなんだか皮肉っぽい。
内務大臣宅の朝食のシーンで、
ウィータビックス(シリアルの塊。見た目は、厚さのあるハッシュドポテト)をミルクに浸し、ゴールデンシロップ(はちみつ、のようなもの)をかけて食べてたのを見て、口の中の記憶が蘇った(笑)。
私も、たま〜にやってたやつ。ミルクは人肌程度に温めて食べるのが好みです。
これが妻の食事で、夫の方は
うなぎのゼリー寄せ(だったかな?)を訊かれて、食べなかった。
そしてこのダイニングルームにかかっていた絵が、インド系のエキゾチックな女性を描いたもので、
『時計じかけのオレンジ』でも、エドウィン・コリンズの「A Girl Like You」のカバーでも、
同じなのか似たようなテイストなのか、が使われていて、
ず〜〜〜〜っと不思議なんだけど、こういう絵が流行った、のかなぁ。
そして、内務大臣がしょっちゅうビールを飲んでるんだけど、はっと思い出した。
イギリスではビールの捉え方が日本と違って、食事の時の飲み物ではなくって(せいぜいスナック)、
家で飲まなくはないけど、パブで飲む方が主流かな、って印象だった。
呑み助はどこの世界にもいるし、ビールを売っていないわけではなくって、
今みたいにクラフトビールがどうのこうのじゃない時代は、
そう、このカーリング、もしくはステラ・アルトワが主流だったんじゃなかったかな〜。
750mL(?)のロング缶でプラスチックのはめ具かなんかでとめた6缶パックを売ってたな〜。
スーパーマーケット、というより、オフライセンス(酒類販売可能)のニュースエージェントとかSPARとかで重なっているのをよく見た記憶。
・・・
金持ちが、一般庶民を足蹴にする、権力大好き!って描き方はあまりに清々しすぎて、笑っちゃう。いいと思います!
内務大臣の妻がパステル調でまとめたのが、ちょうど今話題の『バービー』っぽい世界観なのも。
社会の底辺の主人公たちが、弓を武器にして、ってのは、現代のロビン・フッドって解釈でいいんですよ、ね。
・・・
最近って、こういうミュージシャン映画ってないよね、ドキュメンタリーとかマジメなのはあるけど。
曲がかかって、演技っぽいのをやってる、それで十分。
今こそ、こういうアホアホで、ブラックな笑いを散りばめたの、作ってほしいな〜。
wed 02/08/23
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『ノーザン・ソウル』
http://ricorice.exblog.jp/30406963/
2023-08-02T00:00:00+09:00
2023-08-05T00:13:22+09:00
2023-08-05T00:10:21+09:00
ricoricex
映画
6月最後の日のこと。
はっと思い出し、夕方から観始める。
無料視聴は今日までだった。。。(アマゾンプライムにまたまた入った。そしてすぐ解約(笑))
どうにも好きなんだよなぁ、こういうの。
・音楽
・ワーキングクラス
・イギリス
この三題噺にみる、行き場がなくどうしようもない閉塞感と一瞬のきらめき、ね。
テーマがテーマだけに万人向けでは決してないけれど。
ごはんを食べたら、時間ギリギリまでまた観る。
・・・
『ノーザン・ソウル』(2014年/エレイン・コンスタンティン監督)
1960年代にイングランド北部の労働者階級の若者から生まれ、70年代に最盛期を迎えた音楽ムーヴメント“ノーザン・ソウル”。
90年代後半に雑誌『Studio Voice』が特集を組み、サー・ポール・スミスが「オールナイター」という“ノーザン・ソウル”にインスパイアされたラインを作り(短命だった。。。)、こ、こ、これは“ノーザン・ソウル”リバイバルが来るか!と思ったけれど、そんなことはなく(苦笑)。
私はこの『Studio Voice』も、「オールナイター」のTシャツ(男性は着用できたのかしら?って思うえるほどのミニサイズ)も、後生大事に持っている。
“ノーザン・ソウル”といっても、洗練されたアメリカとは違って、イギリスのそれは、アメリカで忘れ去られていたレコードをわんさを掘り出して、どっひゃ〜、いいじゃん!って回していた、っていえばいいのか、かっこいい、と、ダサい、のせめぎあい、のような。
“ノーザン・ソウル”はウィガンとかブラックプールとか、マンチェスター周辺のイングランド北部の町が中心だった。
ブルースを発掘&評価してアメリカに逆輸入させたのはイギリスだし(初期のローリングストーンズとかクリームとかヤードバーズとか、そうですね)、ジミヘンを高く評価して招いたのもイギリスだし、もっというとジャズもイギリス、そしてヨーロッパで高く評価され人気を博したわけだし。
いつも思うんだけど、イギリス、ひいてはヨーロッパって歴史が長く、その間に変なこともたくさん経験しているわけで、異質なものに対して寛容、というか、いいものはいい、と素直に受け入れる、というか、そんな気がする。
・・・
監督が、この時代や音楽が心底好きで、熱い思いと誠意と尊敬を込めて作った映画、ってのが伝わってくる。
『ケス』の少年が青年になったら、『さらば青春の光』を時代とエリアを変えたら、そんな感触。
・・・
ディテールが細かいな〜。ざっと気づいた点を。
・最初の家が立ち並ぶシーンは『夜空に星のあるように』を思い起こさせる、これで労働者階級の街、ってのがわかる。
・エリオット・ジェームズ・ラングリッジはアイルランド系。ほか、ガールフレンドはジャマイカ系、かな。ショーンって名前の人物が出てくるのはスコットランド系、って設定か?(SeanはJohnのスコットランドの名前) ブルース・リーを真似したり、イングリッシュ、じゃない人たちが出てくる。意図的にそうしたのだろう。
・ガールフレンドがAngelaって名前なのは、間違いなくangelにかけてるんだろうな。
・序盤で、セルティック(フットボールチーム)のユニフォーム、っぽいのを着ている少年がいる。そうね、北部イングランドだもん、スコットランド、グラスゴーは近いもんね。
・Drink a tea and calm downは常套句。
・イギリスで履歴書を表す、CV(curriculum vitae)はラテン語由来(まったくおんなじことをイギリスの学校で言われた!)
・やっぱ靴!なんだね。靴好きの血がまたしても騒ぐ(笑)。
・やっぱりね、サー・ポール・スミスのクレジットもありました、とさ。
男の子も、だけど、女の子のファッションもその時代を反映したものでかわいい! 真似したい!んだけど、きれい。ここでいうきれいは清潔、って意味で、
今は違うかもしれないけど、そんなに洗濯しないし、汚れはもちろん、しみやほつれ、気にしない、ボロッちいのが、リアルだったんじゃないか、って思うけど、きれいだからこそファンタジーかもしれない。
・・・
主人公を演じたエリオット・ジェームズ・ラングリッジがいかにも見目麗しい俳優ではなくって、ちょっと気弱そうで、少年のような頼りなさげな体型なのもいいし(『さらば青春の光』のフィル・ダニエルズもそうだった)
ジョシュ・ホワイトハウスのいい奴っぷり、でもそれゆえに、って展開になっていくのもいいし。
映画の最初の方、ジョシュ・ホワイトハウスがほんといい奴で、自信なさげなエリオット・ジェームズ・ラングリッジが、
「僕なんて女の子にモテない」に対し、「母親が選んだその格好じゃあな」
「一緒にアメリカに行っていいの?」に対し、「お金貯めようぜ」
っていう返しが、わかってるなぁ、って、心の中で涙がにじむ。
私もこう考える方だけど(私の場合は自己肯定感や自己評価が低い、のではない。他者との関わりや反応の中で、相対的に自分を客観視した結果として、であって、自虐でもなくって、傍観者視点でそんなもんかな〜、なんだけど)、おちゃらけて、はあっても、本音として、滅多に口にはしないのは、「そんなことない」って言われるから。
「そんなことない」って言われたくないんだよね〜。「何言ってんだ」って思っちゃう。「そんなことない」って言うあなたたちが、私が私をそう思わせた、私に対しての評価を下してるのにね。
なので、こういう返答が救われる気持ちになる。最適解です。
それはそれとして、音楽ものをはじめ、映画として切り取りやすいのかもしれないけど、
イギリスってホモソーシャルな面が目立つよなぁ。
ジェントルマンズ・クラブが形を変え、脈々と息づいている、って感じ。
・・・
映画の続きとしてはね、『さらば青春の光』のように、“さらば青春の日々”といった若いときの一瞬の熱くなったきらめきが終わり、それでも人生は続く、のかもしれないけれど、それでいいじゃない。
私はソウルミュージックは知らなくって、でも、この映画で流れているのは知っている曲もちらほらあって、すんなりなじめた、ってのもあってか、よくって、サントラ欲しいな。
『さらば青春の光』のサントラが素晴らしかったように(私は初見は映画館。観賞後、すぐにレコード屋に走った)、『ノーザン・ソウル』のサントラも、どんな曲がどんな曲順で入っていても、やっぱり素晴らしい、と確信しているのだ。
fri 30/06/23
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『明日に向って撃て!』『熱いトタン屋根の猫』
http://ricorice.exblog.jp/30403834/
2023-07-31T00:00:00+09:00
2023-08-01T12:30:08+09:00
2023-07-31T17:19:13+09:00
ricoricex
映画
『明日に向って撃て!』『熱いトタン屋根の猫』 @ 目黒シネマ(東京)
物理的には決して遠くなかったんだけど、
1980年代終盤から90年代、私が住んでいた、世田谷区野沢、弦巻、最寄駅はそれぞれ東急新玉川線(現・田園都市線)の駒沢大学、桜新町からはアクセスがよくなくって、
よくないわけではないんだけど、いったん二子玉川園(現・二子玉川)か渋谷に出て、角度の違いで引き返すようにして行くのが、なんだか納得がいかないというか、でそんなに頻繁には出向かなかった。
自由が丘は熊野神社の近くに武蔵野館、という映画館があって、ハリウッド・クラシックをかけていた時期があった。
わかりやすいところでいうと、オードリー・ヘップバーンとか。
私はオードリー・ヘップバーンが得意じゃない。つまんないのだ。
下手、といえばそれまでで、かといって演技はうまけりゃいいってもんじゃないけど、優等生然としてて、なんだか踏みとどまっているように見受けられるその歯痒さ。限界を自分で作っている感じが、結局、動くファッション誌なんだなぁ、に落ち着いてしまうのだ。
武蔵野館で、私はこのときに、ヒッチコックやヴィスコンティをまとめて観た。
ヒッチコックでは『北北西に進路を取れ』が、ヴィスコンティでは『家族の肖像』が、妙に印象に残っている。
・・・
『明日に向って撃て!』(1969年/ジョージ・ロイ・ヒル監督)
子供の頃にリアルタイムで『タワーリング・インフェルノ』を観てはいたんだけど、
さすがに幼稚園児では、役者がどうの、とかは覚えてなくって、ドキドキハラハラした記憶だけが残っている。
その後、ポール・ニューマンという名前を知ったときは、もうすっかりベテランの域で、
同時にサラダドレッシングを展開している実業家、でもあった。
自由が丘の武蔵野館では『スティング』も観たな、確か。
私はアメリカのコメディは好きじゃなけれど、しゃれた上質なおもしろみのあるこの作品は、気に入った。
このときと同じく、ロバート・レッドフォードと共演。『明日に向って撃て!』の方が先だけど。
ポール・ニューマンよりもロバート・レッドフォードに目がいく。いいね。
ポール・ニューマンは台詞がないときの演技の方が、台詞を言っているときよりもいい、という不思議さ。
ふうむ。
アメリカン・ニューシネマと呼ぶには疾走感に欠けるし、かといってゴージャスなクラシックでもないし、
今見ると古臭く、それはいいんだけど、それを補って余りある何かは、ないかな、私には。
こういう時代感、だったんだな、という感想。
・・・
『熱いトタン屋根の猫』(1958年/リチャード・ブルックス監督)
これが観たかった!
そして、予想どおり、リズ((エリザベス・テイラー)が素晴らしい!
『サイコティック(The Driver's Seat/Identikit)』
の、4Kレストアでブルーレイが出る、ってんで、流れてきたショートフィルムに目を留めたのが1か月ほど前。
彼女の表情に圧倒されて、YouTubeで観たら、
映画はともかく、リズがいい!
イライラしている、心身ともに満たされていない役をやらせたら、ドンピシャリ!なんじゃないか、って思ったら、その読みどおり。
素晴らしいです。周囲は敵ばかり(味方は義父、だけ、か?)。
義姉と丁々発止でやりあうのも、子供相手に容赦ないのも、最高!
残念なのは、彼女、声が可憐、なんですよねぇ、こればっかりは仕方ないとはいえ。
劇中にも出てきて、タイトルの『熱いトタン屋根の猫』はリズのこと、とされているけれど、
むしろポール・ニューマンであり、義両親であり、義兄夫婦であり、もっというと映画界全体でもある、んじゃないかな、1950年代後半という時代状況を考えると。
それが、えっ、そんな終わり方?ってのに表れていて、この不自然さ、一見マッカーシズムに服従するように見せて、そう見えることを意図して、あえてやったんじゃあ、って思える。
以下、今の時代、ルッキズムはご法度、と思いつつ。
胸元がVでウェストをキュッと締めた白いシフォン・ドレス。
顔は確かに美しい、でも体型やバランスがよかった、とは思えないリズに実によく似合ってて、
こういうドレス、どっかで観たな、と記憶をぐるぐるしたら、
『マッチポイント』のスカーレット・ヨハンソンだ!
スカーレット・ヨハンソンを評して、セクシーだのなんだのされていた時期があり、
もちろん体型とセクシーさは必ずしもイコールじゃないけれど、彼女も別にスタイルがいいわけではない。
私がスカーレット・ヨハンソンを初めてスカーレット・ヨハンソンと認識したのは『ゴーストワールド』で、
最後の方のシーンでショートパンツかなんかを履いていて、それを観たときに、
なんだかモタモタした体つきの女の子だな(実際、ティーンエイジャーだったし。そこにはセクシーもなにもないんだけど)って思ったんだよなぁ。
そして、それが妙に、この映画にリアルさを与えているようにも思えたんだよなぁ。
tue 11/07/23
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『薔薇の葬列』『修羅』
http://ricorice.exblog.jp/30403076/
2023-07-29T00:00:00+09:00
2023-07-30T17:17:51+09:00
2023-07-30T17:17:51+09:00
ricoricex
映画
『薔薇の葬列』『修羅』(松本俊夫監督)
@目黒シネマ(東京)
・・・
『薔薇の葬列』(1969年)
ピーター、白眉!
持て余しているような唇と、ふっくらとした下頬、それらを見るだけで価値がある。
実験的というか前衛的というか、な作品で、
『オイディプス王』を下敷きにしてた、ってのはぼんやり知ってて、
時代感はあるけれど、その時代感含め、こういう感じかぁ。
街頭インタビューと淀川長治をはさんだのがよかったな。
・・・
『修羅』(1971年)
傑作! 大傑作!
個人的嗜好を抜きにして、これは日本映画の10本の指に入るのではあるまいか!
私は予習、ってものをしない。
仕事で、取材なんかのときは相当下調べをするので、その反動かもしれない、んだけど、
ライブとか本とか音源とか、なんとなくいいな、のノリのその流れで行ったり手にとったりする。
娯楽だし、なぞるような、復習するようなことに、意味や価値を見出せないのだ。
映画も同様。
映画の場合、私は基本、映画館で観て、名画座を利用することが圧倒的に多い。
今は減っちゃったけど、2本立て、3本立て、ってときは、時間が許す限り、2本、3本と観る。
同じお金払うなら、全部観たい!というケチな精神がどうしても働くんだよなぁ。
それだけじゃない。この2本立て、3本立てって、ついでで観たものに思わぬ拾い物をすることがあるのだ。
それは私が予習、ってものをしないので、予備知識がないから、衝撃度は大きい。
『修羅』はまさにそれ。
どんなものかまったく知らずに観たら、滅法おもしろい。
片時もスクリーンから目をそらせなかったよ。
色の濃淡やカットの美しさ。
最初だけ赤い夕日(かな?)の空で、あとはモノクロ。
このモノクロがシンプルな造りを
(これは予算の関係、もあったんじゃないかな。セットが組めない。ロケにも行けない。
それを確かな技術で持って、活かした方法論で撮った、って感じ)、
白と黒のコントラストを明確にして浮き立たせ、どこを切り取っても美しい。
時代劇、なので、刀が出てくるんだけど、刃に光を当てて見せたり、と印象的なシーンが多い。
溝口健二の『雨月物語』を初めて観たときに、
絵巻物のような流れる画を映画で描けるのか!と驚嘆したんだけど、
『修羅』では、パチパチ、パキパキ、とした絵面とカットでキレッキレ。モノクロはこんなにスタイリッシュになるのか、とうなってしまったのだ。
役者も上手い。実に上手い。
主役の、顔の表情だけでも存分にみせてくれる中村賀津雄(嘉葎雄)もいいし、小賢しい(役どころ、ね)唐十郎もいい、
ややぎこちなさがあるものの、それが功をなしているように思える三条泰子もいい(この人は舞台出身なんだろうか)、
見た目も役どころも、アクセントになる、今福正雄もすばらしい。
中村賀津雄が顕著なんだけど、モノクロって、顔や身体で表現できる役者が適していて、
ちょっと動きを伴うだけで表情が生まれ、その表情ひとつで、流れも変わるんだよなぁ。
映画の構成もよくって、
通してみれば全部ループしているのがわかるし、
主人公の妄想、現実、それらがリンクする場面、いちいち感心する。
真っ向から時代劇に取り組み、怨が全体を覆いながら、ところどころに笑もある。
主人公はのらりくらりでグズ。
(今福正雄は哀愁と悲壮さはおかしみさえ感じる)
ほかの連中はクズ。
どうしようもないけれど、いざその場になったら、たいていの人間ってこうじゃないかな。
歌舞伎の演目でもあるようで、原作は鶴屋南北・石沢秀二「盟三五大切」。
原作だか、歌舞伎だかとはラストシーンが違うらしいけれど、それでも継がれているものって、結局、人間を描いているから、なんじゃないかな。
知識とか教養とかって、大事だよなぁ、それを土台にするにしても、無視するにしても。
やっぱね、知っててやるのも知らなくってやるのって大違い、なのよ。
監督である松本俊夫の素地、ってものを思い知らされる。
・・・
にしても、今回の上映だけじゃないけど、目黒シネマ、攻めてるなぁ。
目黒シネマは、いかにも映画好き、蘊蓄持ってます、って人があんまり見受けられなくって、
気軽に観に来た、って人たちが多いのが、気に入ってる。
されど、ではあるけど、やっぱ、たかが、映画じゃないの。
thu 27/07/23
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『MEMORIES』『老人Z』
http://ricorice.exblog.jp/30374427/
2023-07-09T00:00:00+09:00
2023-07-10T09:59:12+09:00
2023-07-10T09:59:12+09:00
ricoricex
映画
『MEMORIES』『老人Z』 @ 目黒シネマ(東京)
積極的アンチ・ジブリ、やたらと目が大きくってデフォルメされた体型の画が生理的にダメ、
なもんで、アニメはほとんど観ない。
なんだけど、『AKIRA』は大好きなんだなぁ(数年前、いい音響施設で観たいがために、帰省した)。
『銀河鉄道999』も好き(映画は途中、ちょっと散漫としちゃうけど。ゴダイゴの歌もすばらしい)、
『ルパン三世』も好き(映画は『ルパンVS複製人間』が圧倒的に好き。『カリオストロの城』を除く。これで怒髪天となり、今にいたる。)、
『攻殻機動隊』は観てないけど、多分、好きだろうなぁ。
『MEMORIES』『老人Z』は知ってはいたんだけど、リアルタイムでもそれ以降も観てなくって、
そんな感じで、席があって、行けたら行こうかな〜、なんせ蒸し蒸しするからな〜、ってくらいのノリで、
気分もタイミングも合ったので、じゃあ、行くか、と。
2本立てではなく、連続上映のレイトショーで、だったら両方観るか、と。
結果、どちらもめちゃくちゃ、おもしろかった!
・・・
『MEMORIES』(1995年/大友克洋 製作総指揮・総監督)
大友克洋原作の3作品をオムニバス形式にしたアニメ映画。
それぞれ製作が異なる(のよね?)。印象も異なる。
「彼女の想いで…」は『シャイニング』と『2001年宇宙の旅』を合わせたような。。。
大理石やマホガニー、絨毯の質感が描けるんだ、ってのに驚いた。
「最臭兵器」は筒井康隆テイストのあるブラックジョーク、というか。これがいちばんとっつきやすいわかりやすい、かな。
視覚的にわかるような場面も多々あるけど、においを表現するってむずかしいね。
「大砲の街」、これが一番意欲作ではなかろうか。
アニメのことはわからないけれど、いろんな試みがなされていたんじゃないかな。
手書きの絵本のような、ざらっとした感触があって、
このストーリーにのせると、寓話、って感じ。
石野卓球の音楽、特にエンディングもよかった。
ケミカル・ブラザーズの『さらばダスト惑星』に厚みを加えたら。こうなるかも。
質も内容も、もうこういう作品は作れないんだろうなぁ。
観てないので、せいぜいたまに予告編に当たるくらいでうっかりしたことは言えないんだけど、
テクノロジーの進化で、逆につるんとのっぺりしちゃっていないかなぁ、皮肉なことに。
こんなにアイディアが詰まった作品を観ると、どうしてもそう思える。
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『老人Z』(1991年/北久保弘之 監督)
大友克洋 原作・脚本・メカニックデザイン
江口寿史 キャラクターデザイン
なんだけど、テレビアニメで観てた『うる星やつら』の画っぽくもあるな。
ひゃあ〜、いきなり、アンナミラーズ。
デニーズもそうだったけど、江口寿史が描く女の子は合うな〜。
インクスティックとか、北の家族(映画の中は西の家族、だったっけ?)とか出てきて、時代だな〜。
画とかに若干古さはあるけれど、テーマは普遍性があり、より切実になってるなぁ。
ユーモラスな調子にしてるけど、テーマとしては重い。それがわかって、あのオチ、なんだろうな。
そもそも30年以上前に、老人を主人公にするってのも相当斬新だったのでは
(まあ、大友克洋は『童夢』ですでに扱ってたけど)。
ところで、晴子もハルもHALから来てるの?
私がWorld Wide Webを知ったのは1992年。
ペンタゴンでね、なんて言われたのを思い出した。
『ハッカーを追え!』やウィリアム・ギブスンなんかも読んだな〜。
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席は9割くらい埋まってたんじゃないかな。
若者が多かったな。
fri 07/07/23
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『こわれゆく女』『ラヴ・ストリームス』
http://ricorice.exblog.jp/30372644/
2023-07-05T00:00:00+09:00
2023-07-09T18:11:53+09:00
2023-07-07T23:52:17+09:00
ricoricex
映画
『こわれゆく女』『ラヴ・ストリームス』
@ シアター・イメージフォーラム(渋谷、東京)
記憶は不思議。
建物内に入り、劇場に足を踏み入れた途端、30年前とリンクした。
これまでまったく思い出したことなかったそれは、シネ・ヴィヴァン六本木の劇場内。
30年前に、特集上映を観た。
同じラインナップでこの度、「ジョン・カサヴェテス レトロスペク ティブ リプリーズ」が開催され、そのとき以来30年ぶりに劇場で観る。
劇場は東京・渋谷のシアター・イメージフォーラム。
全国をまわる特集上映で、ここでは6月24日(土)から始まり、すぐに来たかったけれど、湿気にやられた6月最終週、特に前半はへたってしまっていたのだよ。。。
ようやく土曜日、時折の雨はあったものの、蒸し暑いとはいえ、まだ耐えられる気温だったので、出かけた。
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『こわれゆく女』(1974年)
これが決定打だった、私にとってのジョン・カサヴェテスは。
30年前、シネ・ヴィヴァン六本木で観て、しばらく座席から立ち上がれず、身動きがとれなくなってしまった。
打ちのめされた、とも違う、感動した、とも違う、
あえて言えば、私の心の奥のやわらかいところにどんどん入ってきた。そんな感じ。
そんな映画は、体験したことがなかった。
とんでもない作品ですよ。
劇場で見るのは30年ぶりだけど、あまりに衝撃が大きかったので、初見の後、DVDを買った。
だけれど、テレビを手放し、DVDプレイヤーも手放し、で15年ほど観ていない。
あらすじはすでに知っている。
冒頭の子供たちを母親に預けるシーンから、胸がいっぱいになって涙がずっと止まらない。
映画が終わった後も、泣き通し。
何も食べれず、でも深い時間まで意識は覚醒してまま、明け方になってようやく、泣き疲れて眠る。
歳をとってよりすぐに深く響くようになった、ってことか。
歳をとって、見方も変わった。
果たして、おかしいのはどちらだろう。
役柄と演技のすさまじさもあって、ジーナ・ローランズに向かっていたけれど、いや、実はピーター・フォークの方ではないか。
大声を出して威嚇する、力づくで従わせようとする、確信をついた質問には答えない。
具体的には、以下のとおり。
・突発的な事故で帰宅できないときにすぐに電話しない
・やっと電話しても言い訳から入る
・埋め合わせはする、と口約束(その場では本気かもしれないけれど)
・Do you love me?など肝心な質問に答えない
・彼が口にするI love youはなだめるための言葉
・本当は一対一で向き合うべきところに大勢を携える
・退院の迎えに行かない。行けなかったにしても、できる限り早く、をしない
・肝心なときにすぐにそばにいかない、言葉をかけない
これは傷つく、そして少しずつ傷は深くなっていく。関係性が近ければ近いほど。
一方、ジーナ・ローランズは相手に正面から向き合いたいんですね、それは行動に反映されている。
深夜作業を終えて同僚を連れて帰り、彼らが帰った後の夫婦の言い合いで、長テーブルの端と端で座っているのが、その距離感を物語っている。
これはピーター・フォークの現実に向き合おうとしない、いや、向き合いたくない表れの一端。
私がこれらに接したら。
私は何も言わない。こういう人なんだな、と認識するだけ。だって人は変わらない。
自分の機嫌は自分でとる。他者を期待しないし、あてにもしない。
だけれども、自分が大事にされていない、どころか、関心すら向けられていない、と感じる対応であれば、多少なりともがっかりする、表には出さないけど。
行動そのもの、例えば、左手を卓上に出してごはんを食べて、みたいなことは言えるけど、心情を伴うものについては、言及しないのよね。
他者にとっての自分はそんなもん、いつでも上位互換されるんだろうな。
がっかりは蓄積され、諦念となる。
知らんぷりをしようとしても、頭では納得させようとしても、関係性が近いとそのつらさに耐えらなくなり、もういいかな、もうおしまい、少なくとも距離はとりたい、となる。
加齢とともに、それまでぼんやりだった自分の心の動きもわかって、それで涙が止まらなかったんだと思う。
ジーナ・ローランズは医者や病院の手が必要なほどナイーブな設定になっているけれど、私たちは、少なくとも私は、ギリギリのところで生きているんじゃないか、って気がする。
だからこそ、オリジナルタイトルは“a woman under the influence”と不定冠詞のaを伴っているんだろうな。つまり、誰しもが大なり小なり、そうなのだ、と。
ジーナ・ローランズがピーター・フォークと家族軸で動いているのに対し、
ピーター・フォークの軸は世間の目なんだよね。言動でわかりやすく描かれている。
ある意味、対極にあって、その違いをこれでもか、と見せる。
ピーター・フォークは他者にどう映るかに大きく侵食されていて、果たしてこわれているのはどちらなんだろう。
最後のシーンが見事。一種、これまでの流れを裏切るかのよう。
ピンポン玉のような軽いBGMになり、穏やかな夫婦の時間が描かれる。
理解し合えなくっても、ひとつの目的に向かって共同作業をすることで、救われる、続く関係性もある、ってこと、か。
にしても、日本語タイトルがよくないなぁ。
30年前、『こわれゆく女』の前に『フェイシズ』『アメリカの影』と観て、監督としてのジョン・カサヴェテスがなんとなくわかったので、
異常な世界を見せつけるものではない、と確信したからこそ、観ようとなったんだけど、
『こわれゆく女』という文字面だけ見ると、その言葉から受ける印象はやや扇情的かな、って感じる。
この映画で描かれているのはオリジナルタイトルの“a woman under the influence”どおり、
“影響下にある/影響に支配される女性”なんだよなぁ。
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『ラヴ・ストリームス』(1984年)
愛は流れる、か。
そして愛の扱い方は、姉弟でもこんなにも違うよ、つまりは個体差がとても大きいんだよ、と。
ユーモアなシーンを挿入しながら。
ジーナ・ローランズとジョン・カサヴェテスが姉弟という役割。
いつもながら役者も揃えてるなぁ。
ええ、ジーナ・ローランズはすばらしい。
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ジーナローランズの、2012年のインタビュー、発見。
sat 01/07/23
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