
お前ごときに誰が、というのはいったんおいておいて(そうなんだけど、それを言われると、話にならない)、
例えば、連れ立って近くの公園に行くとする。そこでカルーセルが期間限定で来ているとする。
「へぇ〜、珍しいね。乗ってみようか」と、言うとする。
「お金がもったいない。面倒くさい」と返される。
そもそも人を誘うってことをしないけど、私とて、その場の流れでなんとなく言っただけなので、「そうだね」と流す。
直後に知り合いに出くわし、「乗ってみない?」と提案されると、「いいね」と相手は二つ返事。
荷物があったので、私は見張り番。
存外楽しかったらしく、「おもしろかった!」を連呼。その後も、「楽しかったなぁ」と、いかによかったか話してくる。
一時が万事、こんな調子。
楽しかった、のであれば、別にいいの。
でも、なんだかすっきりしない気持ちが残り、なんだろう?と考えたら、
別にどうしてもカルーセルに乗りたかったわけではない(そうであれば、一人でも乗る)、
私の提案を断ったのも、私に対して本音が言える、ってことではあるんだろうけど、
結局、体験を共有したい相手では、私はないんだなぁ、って思い知らされるから。
でも、まあ、そう、か。
近しい相手とはいえ、私自身にも、私の関心のあることにも、興味を示されることはないから。
そっちに話が振れるとつまんなそうな表情になるので、さっさと切り上げるし、そもそも、余計なことは言わないようにもしている。
空気、背景みたい、と言われるのは、私自身には存在感がないからで、
相手の話を聞くための役割、個人的な(水商売の)ホステスみたい役割なんだろう。
人は自分の話をしたがる生き物だし。
・・・
ここのところ、親戚の若者が泊まりに来たり、泊まりに行ったり。
つい先日も、20歳の若者のところに泊まらせてもらった。
相手が0歳だろうが90歳だろうが30歳だろうが、
彼らには彼らの世界があって、生活があって、そこにずかずか入っていくつもりは私にはなく、
ちょっとでも否定的な感じであれば、ホテルに泊まろう、だったけど、
当たり前のように、いいよ〜、と。
鬱陶しい、面倒くさい、ウザい、などと感じて当然だろうから、寝る場所さえもらええれば。
なんだけど、私に予定があった時以外は、一緒に夕食を食べよう!だったし、
それは、そうすることで1食分浮くから、ってなんだろうけど、
それよりも精神的にラクな方がいいんじゃないかな、と思うけど、
そうしたい、と言うなら、とバイトが終わる時間に合わせてお店で合流したり、ご飯だけ炊いておいてもらって適当におかずを買ってきたり。
「今、家族団欒中だから」
ご飯を食べている時に電話が来て、そんな風に答えていて、ご飯食べてるから邪魔しないでよ、くらいの意味合いで、そこに深い意味はないのはよくわかっているけれど、とはいえ、そんな風に捉えているのか、って驚く。
「今、(私と)話しているとこ」
ある時の電話ではそう答えてて、一緒にいる間はずっとぐちゃぐちゃ喋っていて、
「20歳と何喋るの?」ってびっくりされたけど、好きなYouTubeのコンテンツを教え合ったり、音楽を聴いたり、サッカーを観たり。
普段の生活よりもよっぽど、他愛ない会話のキャッチボールをしてる(普段は、まったくといっていいほど、特に趣味趣向に関することは話さないなら)。
仕事をしながらで返事がおざなりになると「おい〜、ちゃんと話聞けよ」って言われるし。
世代差じゃない、というのは私の見方で、気を遣ってくれたってことでしょう。
泊まらせてもらう、っていうのは、いわば居候。なので、相手の生活のペースに合わせるってこと。
私は風呂キャンセル界隈の人で、かつ朝シャワーを浴びる、んだけど、汚い! 布団が汚れる!と言われ、そういうのは自分を押し通さず、相手のルールに従います。夜シャワーを浴びます。
部屋を掃除してなかろうが、洗い物が流しにあろうが、私が使っていなければ、ノータッチ。やんないし、とやかく言うこともないし、言う必要もない。そもそも私自身がだらしないので、こういうこともあるよね〜、くらいの感覚。
ケーキを買ってきてくれて(親に言われたからだろうけど)、そんなことしてくれるなんて、まったくもって想像だにしてなくって、感激したなぁ。泣いちゃうなぁ。
世界一おいしいケーキ。
帰る時は、「寂しくなるよ〜」って何度も言ってて、もちろん、軽口なんだけど、でも、こんなこと言ってくれるんだ、と驚く。
私と入れ替わりで、そこに別の親戚の若者が泊まりに来て、その人は、私が発つ日が1日遅い、つまり一晩は一緒にいる、と勘違いしてて、「え〜っ、残念! そっか、またね」と言ってくれて、これも驚く。
存在を認識される、ましてや受容される、って経験がないんだな〜。
こういう、一見ありきたりなことに、いちいちハッとして戸惑ってしまうのって、慣れてないからだな〜。
好かれる/嫌われる以前の話で、その域に到達せず、いつも傍観者で、私の立ち位置はそういうもんだからな〜。
最初で最後かもしれない。
厭世的、ってことではなく、上位互換されて、当然だから。
どんなにいいことも楽しいことも、別にマイナスな要素がなくても、他に楽しい/いいことに気づけばそちらを優先するだろうし(私のいないところには、そういうものが溢れている)、その方が彼らにはいい人生だろうし。
こういうことは、一生に一回あれば、それでもう十分、でしょう。

