
それは小学校2年生のお正月明けて2日。1977年1月2日だった。
お正月に行って泊まった親戚の家から帰る際、自宅近くのスナックで車が停まった。
「ちょっと待っちょって。すぐ戻るけー」
そう言い残して、両親は灯りのついていないスナックの中に入っていった。
お店やってるわけでもなさそうなのに、なんやろ?
そう思っていると、すぐに戻ってきて、「おいで」と。
その頃、週に2回は近所の仲のよい3〜4軒が集まって夕食を食べたり、夕食後に集って親たちは飲む、子供は遊ぶだったり、時に親たちが繰り出していたところ、それがこのスナックだった。
子供は6〜8人いて、年長の子供は小学校高学年で、田舎だし、当時はのんびりで、子供を置いて出かけるのはさほど珍しくなかった、んじゃないかな。
なので、存在は知っていたけれど、そのスナックに入るのは初めてだった。
中に入ると、とりあえず、の照明がついていて、集合場所となっていた家のおじさんとおばさんもいた。
年始の挨拶をして、見渡すと、奥に長いL字型のカウンターになっていた。
カウンターの中にはママがいて、「羽根さんとこの娘さん? こんにちは」と柔和な表情で言われ、入り口にいた親たちとはちょっと離れたL字型カウンターの角の方に案内された。
「これ、食べて〜」とやさしく言って、にっこりしながら出してくれたのが、焼うどんだった。
我が家、だけでなく、よそでも外食でも焼うどんは食べたことがなく、
当時の喫茶店の焼きそばやナポリタンは、楕円状の木の受け皿つきの鉄皿に盛るのが主流だったけれど、そうでもなく、縁がちょっと盛り上がった白いお皿で出てきた。
やわい袋麺のうどんにシャキッとしたキャベツ、お醤油とウスターソースを混ぜた味つけ、コショウ少々、仕上げにおかか。
これがむちゃくちゃおいしかったのだ。シンプルの極みのような味だし、格段特別なことをしているわけでもない。
ちゃちゃっと作って、ささっと食べる。
なんてことないんだけど、その気負いのない、なんてことのなさがよかった。
親たちの会話に入るわけでもない、所在ない時間を救ってくれたことで、余計においしさがプラスされたかもしれないけど。
席からは、通常営業でないので、仕切りがあるとはいえ、厨房というか奥の方の、整理しきっていない様子が少し見える。
カウンターに飾っていたであろう、小さなクリスマスツリーがこれから片付けるべくそこにあった。
親たちは立ったままで、何か話している。
食べ終わってしばらくして、帰る際に、ママが入り口まで来て、はい、とポチ袋を渡してくれた。
お年玉だった。きれいな500円札が1枚入っていた。
お腹が満たされ、思いがけずお年玉ももらってうれしかった反面、7歳の私は憤っていた、親たちに。
「この人ら、アホやないんか。お店はお正月休み中やのに、ママにわざわざ店開けさせたんやろ?お金足りんことなってつけにして払いにきたんか、何かしでかしたんか知らんけど、そんなん通常営業になってから来たらえーんやないん。
子供連れてる、って知らんかったやろうに、焼うどん作らせて、お年玉まで出させて、
自分たちがスッキリしたいからって、ほんとにアホ! 気が回らんにも程がある!」
そう、その焼うどんは、これだったら出せる、とあるもんで慌てて作ってくれたんだと思う。
お菓子とかもないし、せめておやつ的なものを、ってことで。
そうそう、当時はつけ、ってものがあって、
子供が親のつけでおやつ買って大目玉をくらう、って事態はよくあったな〜。
・・・
この日以来、すっかり気に入って、焼うどんはときどき作り、今も作っている。お弁当に入れたことも一度や二度ではない。
が、これがなかなかうまくいかない。思ったような、あの時の焼うどんは再現できない。
人数がいて頭数勘定して作ると、もともとやわらかい麺は弛緩しきって、なんだかなぁ、になるし、
欲張って、玉ねぎやらピーマンやら入れても、なんか違う。
お醤油とウスターソースの按配がうまくいき、味としてはこれやね!となっても、全体として、な〜んか決定打に欠ける。
・・・
2011年夏からの数年を福岡で過ごした。
しばらくして、北九州市のご当地食に焼うどんがあると知り、えらく驚いた。
わざわざ挙げるげるってことは一般的な食べ物じゃない、ってこと?
同時に、大阪から西の情報って、東京には入ってこないんだよなぁ、と痛感した。
私は18歳で上京した1987年から途中渡英したりもあったけれど、2011年のそのときまで基本東京で過ごしていた(今も東京だけど)。
東京には、東北や甲信越、京都・大阪までの情報は入る。
私の出身の本州の西端も東京では情報が入って来なくって、たまの帰省ぐらいじゃわかんなくって、福岡に住んで、へ〜っ!と気づいたことがたくさんあった。
特に九州は、首都圏の人にとっては知らないところ、日本語こそ通じるけど外国なんだよなぁ。
思い返すと、焼うどん、そういえば、あのスナックでしか食べたことがない。
ってことは、やはりエリア性の高いものなの、か。
北九州市内のお店や売っているものを食べて、大枠は確かにそうだけど、私の記憶にある焼うどんとは違った。
・・・
つい先日、取材中に私の頭の中のセンサーが反応した。
なんだろう?と考えていたら、しばらくして、あっ、焼うどん!となった。
取材自体は焼うどんとはまったく関連のないもの。
だけど、私が思い描いている焼うどんに辿り着くためのヒントを得たように感じたのだ。
外で食べたり食べなきゃいけないものがあったり、で、なかなか台所に立てず、まだ試せていない。
それこそ、46年前を思い出しながら、来年の1月2日に作ってみるのもいいんじゃないか、って思っている。
・・・
<その後>
2023年1月2日、46年前の1月2日を思い出しながら、焼うどんを作る。
長いこと、なかなか思うように作れんかったのが、取材中にピンときた(取材内容と直接関係はなかったんだけど)
今の時代、油は悪者のように扱われ、私自身、油は(脂も)得意じゃないんだけど、うまみなんだよなぁ。ある程度はないとおいしさにつながらない、焼うどんはその典型だったよ!
46年経ってやっと気づいた。
・・・
うどんをゆがく。キャベツとちくわを切る。
うどんを湯切りし、1本1本にサラダ油をしっかりまとわせる(これが大事!)。
フライパンにサラダ油を引き、ちくわを入れ、さっと焼き色がついたらキャベツを加え、塩・コショウをふり、全体を混ぜ合わせる。うどんを投入し、ウスターソースと醤油で味つけする。
思い出の焼うどんはちくわではなく、仕上げにおかか、だったんだけど、どうにもちくわが合うような気がして、作ってみたら、やっぱりよかった。
キャベツはしっかり炒めない。フライパンに入れたらさっと混ぜる。生っぽさがあるくらいが食べたときに、やわいうどんとの対比でちょうどいい。
うまい! うまいっちゃね!
こーゆーの、体が素直に、本能的に喜ぶ。

