
22年前の今日、5月1日だった。
先日観たトリュフォーの映画が、これ、ポン・デュ・ガール? ニーム? と南仏の風景だったので、記憶が甦ったのかもしれない。
1か月近く、マルセイユを拠点に南仏、リヨン周辺とうろうろして、パリに向かったのが、2001年5月1日。
スマホじゃない時代。イギリスに住んでて携帯電話は持ってたけどフランスで使えるかどうか???だっので持参せず(そもそもスマホとか携帯電話とか持ちたくないのよね)、そんな状態でパリで知り合いと落ち合って、数日一緒に過ごす予定だった。
向こうも携帯電話持ってこなかったんじゃなかったかなぁ。
向こうは初めてのフランスだったし、わかりやすい場所でお互いに余裕を見越した時間にして、でその日の17時に凱旋門で待ち合わせをしたのだ。
TGVに乗るため、まずは、マルセイユで転がり込んでた人の家から鉄道の玄関口、SNCF(国鉄)のサン・シャルル駅へ。早めに行って、カフェでコーヒー飲んで、列車の中で食べるものを調達しよう、なんて呑気なことを考えていたら、地下鉄だったかバスだったか、がスト。
免疫ができていたので、まあ、仕方ないなぁ、だっんだけど、パリで約束してるから、なんとか予定通り行きたい。
見送りに来てくれた友達が、「歩けば1時間ほど。ストをしてない交通機関やタクシー使うより、この方が確実。代わりばんこに荷物を持とう」と言ってくれた。1か月近く、そのあと1週間ほどパリで過ごすのでそれなりに荷物があった。なので、荷物を交代で、って申し出てくれたのがありがたかった。
でも、荷物は荷物。走れないし、身軽な時より時間がかかる。
本当にギリギリ間に合うかどうかで、多少の時間の遅れが生じるフランスの鉄道とはいえ、途中の駅ならともなく、始発駅なので、半分諦め。
ぜいぜい言いながら階段を上がり、ようやく駅に着いたら、出発時間を1〜2分過ぎていた。
かすかな希望を抱きつつ、そのままプラットフォームに向かうと、列車がいたよ!
駅員さんに、「乗ります、乗りま〜す!」(Attendez!(待って!)と大声で叫んで、身振り手振りで早く早く、と促されて乗るや否や、友達との別れの挨拶もしないまま、出発した。
列車は5分遅れだった。
席は指定席で、なんでだったかなぁ、そこまで移動できず、車両と車両の連結口で、とりあえず自分を落ち着かせて、次の停車駅、どこだったか1時間以上経ってからだと思う、でやっと本来の席に着席できた。
そして、パリで、知り合いに無事会った。
・・・
こんなんばっかり。でも、間一髪でなんとかなってばっかり(笑)。だから懲りてない。
イギリスでもこれに近いことあったし、マルセイユからパリ移動の2週間前ほど、ポン・デュ・ガールからニームへローカルバス移動したとき、バス停には行き先はなく、時間しか記してなくって、それは1日に数本。
午前中ポン・デュ・ガールに到着し、時刻表を確認し、日中ぶらぶらして、バス停に戻り、バスを待っているときに、ふと、こっちじゃなくって向かいのあっちのバス停じゃないか、という疑念が湧いてきて、近くにいた人にニームに行くバスはこれか、と聞いたら、あっち、と言われて慌てて移動。すでに人が並んでいたからバスが来るんだと察し、走る。バス停に着いたら、バスが来た。間に合った!
・・・
2012年のロンドンオリンピック(これがきっかけだと思う)で随分マシになったように感じるけど、
イギリスの鉄道事情はそれはそれはひどかった。
時間が遅れるのは日常茶飯事。とんでもない遅れ方もする。列車もなかなか出発しない。目的地まで行かず途中で停まる。そして、アナウンスが入る旅に言い訳が違う。苦笑いする乗客の姿も。
なので、私が遭遇した範疇だと、フランスの鉄道がまとも、たかだか数分、あってもせいぜい10〜20分遅れなのに感動した。
「言い訳用のあんちょこがあって、何百もの言い訳が書いてあるんじゃないの。
そんなもん作るヒマあったら、列車をまともに動かすのに注力してよ」
ってイギリス人の友人に言ったら
「タイムテーブルは絶対じゃない、この時間に着けばいい/着くだろう、っていう観測でしかない」と返され、
半分冗談にしても、「交通機関に限らず、やっぱり何事もこういう認識/前提なんだな」と悟った次第。
(トップの写真のポン・デュ・ガールに行ったのは、2001年4月18日)

