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イギリスの食文化研究家、食のダイレクター/編集者/ライターの羽根則子がお届けする、イギリスの食(&α)に関するつれづれ。chattex アットマーク yahoo.co.jp


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5歳の私の絵日記から見えるもの


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今月頭に帰省した時、5歳の誕生日から書き始めた絵日記をパラパラめくる。
カタカナを使い、月日、曜日、数字を漢字で書いているのに感心してみたり。

自分、すごい!ではなくって、
読み書き(&描き)がとにかく好きだったので、自然とそうなったってことでしょう。
ダンスの好きな子、楽器の好きな子、運動の好きな子がそうであるように。

子供にくっついてあれこれする両親ではなくって、放任、ってもんで、読み聞かせ、なんてしてもらったことはないし、教わったりしたことはない。小学校に上がってからも宿題をみてもらったり、もない。
幼稚園で習ってもない、と思う。せいぜいひらかな、じゃなかったかな、文章を綴る、まではやってない、と思う。

幼稚園でも家でも本を夢中になって読んでいたのは覚えている。
「この子は新聞も読むんやね」って言われたのも覚えている(読んでいたわけではないけど)。
幼稚園の時は四軒長屋の市営住宅に住んでいて、幼稚園から帰って共働きだった両親がいない時は、隣の家に行っていた。
そこでも読み書き(&描き)をしていて、新聞の折込み広告の裏の白い面に、あれやこれや書いている姿を見て、この子にはこういうものを与えるといいのでは、ってもんで、誕生日のお祝いに絵日記をくれたのは間違いないでしょう。

・・・

イギリスに住んだ時に、日本語は基本、表音文字、なので、英語圏の子供に比べて文字を綴れるようになるのは早いんだな、と思った。
なんだけど、それでも5歳で絵日記を書くのは、しかも自主的に、ってのは早かったわけで、だからこそ、幼稚園の先生が興味を示して、見たがったのでしょう
(見たい、と言われて、幼稚園に持っていった)。

で、自分の絵日記を眺めて疑問がわいてきた。

・ひらかなとカタカナの使い分けがどうしてできたんだろう。
・“は““を“と“わ““お“の書き分けができている(一部、そうでないところもあるけど)。
・“ケーキ““ノート“で“ー(長音)”がどうして書けたんだろう(表音、であれば、ケエキ、ノオト、になる気がする)。
・“っ(促音)”は表記できていないのは、知らなかったからか、音を認識できていなかったのか
(“ゃゅょ(拗音)”は書けている)。
・書き言葉で書いている。主語が“わたし”になっている、“うち”ではなく。否定の語尾が“ない”になっている、“ん”ではなくetc。書き言葉と話し言葉(話し言葉も公と私に分かれる)の区別をどうして5歳児ができたのか。

・・・

ひとつの仮説として、こういうことかな、と思いました。

私は脳の処理が聴覚ではなく視覚とより密接なようで、
歴史の年号や元素記号を語呂合わせで覚えるやり方ではなく、
見た目で、視覚イメージで記憶する。

これ、文字や数字でよりその傾向が強く、
例えば、“河野”さんという名前の人に会った時、
“河野”の文字面が頭に浮かんで、そのまま記憶される。なので、文字としては書ける、んだけど、読み方はあやふやで “こうの”さんだっけ“かわの”さんだっけ、となってしまうこと、しばしば。
同様に、使い方/綴り方はわかるのに、読み方がわからない、って漢字も少なくない。

で、とにかく本を読んで新聞を眺めていた、につながって、
書き文字/言葉の場合は、こう使う、というのを、本や新聞から視覚として記憶していて、
いざ書く、ときに、それに倣った、ってことなのではないかな。
だとすれば、それが、私の疑問に対する答になっているように思えるのです。

加えて、もし私が、聴覚の方が脳の処理と密接であれば、書き方もまた違っていたのかもしれない、と感じました。

子供の発達の領域の分野で、すでに解明されているのかもしれないけど、
50年前の自分を前にあれこれ考えてしまいました。

by ricoricex | 2024-03-27 00:00 | 私が昭和の子供だった頃