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イギリスの食文化研究家、食のダイレクター/編集者/ライターの羽根則子がお届けする、イギリスの食(&α)に関するつれづれ。chattex アットマーク yahoo.co.jp


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Less is more


Less is more_e0038047_21134244.jpg

Here comes the sun
をどう訳すか、うまい訳詞になかなかいきつかない、ときき、
自分だったらどうするかな、と考えてみました。

“陽が照ってきた”“お陽様が顔を出す”
まだ、ここから揉む、ではありますが、軸としてはこんな感じ。

陽が昇る、ではなく(だからriseでもcome up/outでもない)、
それまでくすぶっていた天気が、陽射しが射し込んで、パーッとよくなる、みたいなイメージです。
イギリスは基本暗くって、かつ天気が変わりやすくって、さっきまで曇ってたけど、雨だったけど、おっ、晴れてきた、って感じでしょうか。
そして、その時って、無条件に嬉しくって、ものすごく幸せな気持ちになるんですよね。

歌のタイトルとしては
“春の光” “春の予感”

ちょうど今くらい、イースターに向かう頃、
陽射しもだし、日も長くなるし、緑が息吹き、花が咲き始める、本当に季節が変わる。
日本より緯度が高いから、その変化は大きく、待ち望んでいた春がくる喜びはひとしおな気がします
(キリスト教のお祭りってよくできてるなーとも思います)。
そんな頃にお陽様が差し込んで来ると、多幸感に包まれる、太陽が照っている、それだけでいいじゃないか、って気にもなります。
ビートルズの「Here comes the sun」の歌詞の中のwinterは比喩としても使ってるいるのでしょう。

“春にして君を離れ”
でもいいかもしれません(アガサ・クリスティーとシェイクスピアを読み直し、です。。。)。
さすがに、でも、ちょっとかけ離れちゃうかな。

にしても、こういうのは母国語が大きく問われますね。。。

・・・

訳はむずかしい。
単に言葉を置き換えることではないから。


概ね同意。

ただ、個体差があるにしろ日本人は行動に重きを置いているとは思えませんし(言動表現が乏しい)、
私の感覚だと、「I love you」の日本語は、やっとの思いで口にする「好き」ないし「Suki」ですねぇ、「大好き」「Daisuki」ではなく。

おもしろいことに、これは英語で「Thank you」と深々と言うが、「Thank you very much indeed」と言うよりも感謝が深い、のにつながるように思えます。
「Thank you very much indeed」はよく耳にするものの、「はいはい、ありがとさんね」くらいのときは確かに多いですし。
そういえば、イギリスの学校で、カードに添える文言の話になったときに、一概にはいえないけれど、の枕詞付きで、
with loveの方が、with lots of loveよりも愛が深い、って教わりました。

「好き」「Thank you」
いずれも行動が伴って初めて、真意が伝わる。字面だけだと、その深さは測りかねる、かもしれません。

「月が綺麗ですね」「死んでもいいわ」
が、愛情表現とされるのは、言語化できないからだからなのかもしれません。

シェイクスピアの『リア王』でコーディーリアが「Nothing(申し上げることは何も)」が言ったのは真実で、
「私の愛情は私の舌より重いのだもの」は本当のところでしょう。
深い感情は言語化しようとすればするほど空虚になる、のかもしれません。
こういう人間の本質をついているから、シェイクスピアは読み続けられているのでしょうね。

・・・

そして、訳、だけでなくって、共通言語を使っていても、意味するところが違ったりします。


います。私がそれ。
真意を読もうとするのにほとほと疲れて(そして、それは大概外れる)、額面通りに受け取ることにしましたし、自分もそういう発言をします。
なので、もし、欲しい、の思いがあれば、「美味しそうなアップルパイがあるね。食べたいな」と言語化します。
これで、ずいぶん楽になりました、ほんと。

でも、他者はそうではありません。
事実を伝えているだけなのに、そこに感情を添えられることも少なくなく、そうじゃないのになぁ、ということ、しょっちゅうです。
例えば、ソーシャルメディアでおもしろい記事をシェアしたりしたとき。
私としては、賛成のときもあれば反対のときもある。ただこんなことがあった、という事実をシェアしているだけなのに、
「これ、おいしいですよね」(私自身は、そう思っていなかったり)、「これ、ひどいですよね」(私自身は、こういうこともあるよなぁ、って感じたり)と反応されると、
相手は、私がこう思っているだろうと察し、そこに共感を示すべく、そう言ってきているわけで、ちょっと困惑してしまいます。

コミュニケーション、ってむずかしい。
それぞれで意味するところや受け取り方が違うから、どうしても齟齬が生じてしまいます。

英語を使っていると、I wantとかI'd likeとか、意志を伴って伝えることが多くって、それは前述したように、私もその場合は、日本語でも言語化し、そういう言い方をするのですが、
感情表現はむずかしい。思いが深ければ深いほどむずかしい。

それは、日本語だから英語だから、でなく、簡潔な言語にするのに即していない、ということかもしれません。
だからこそ、文学とか音楽とか映画とかアートとかがその役割を果たしているので、無駄かもしれないけれど、こういうものに触れることで、やっぱり人生は豊かになると思うのです。

そして、特に日本語は、語彙が豊かと言われますが、例えば“嬉しい”とか“悲しい”とか、感情表現に関しては、言葉が乏しいなぁ、と感じます。
言葉は使用頻度が高いものほど語彙が豊かになる。日本語に感情表現の言葉が少ないのは、言語化してこなかったからだと思うのです。


by ricoricex | 2024-03-25 00:00 | イギリス的表現