
ふと目にとまった、ソーシャルメディアのなんてことない投稿で、
“私のおかげで結婚生活が継続している”
って息巻いたのがあって、対する反応も“そうそう!”でため息とともに悲しい気持ちになった。
冗談かもしれないし、本気かもしれないし、なんでもいいんだけど、そういうことを口に出して、しかも公に言う、ってのがね。
こういうのってお互いさま、だろうし、嘘でもいいから、 “相手のおかげ”ってなんで言えないのかなぁ。
でもって、これ、逆、つまり男の人の発言だったら炎上、だよね。
いつでもどこでも上位互換されるんだろうな。
なんてぼんやり覚悟している、底辺のできそこない(私のことね)とは違う、
常に上位にいる、自分は絶対!な種類の人たちの発言なんだろうな、とも思う。
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思うところあって、田辺聖子の本を借りてきた。
著作が多くって、なにを読んだらいいかわからず、
とりあえず図書館で目についたものを2冊。
中高生の頃に、『姥ざかり』を読んでおもしろいな、と思って
(余談だけど、昨今のかわいいおばあちゃん、頑張ってるおばあちゃん、といった、世の中全体がそうういう傾向にあるけど、上から目線の清廉潔白をよし、と褒め称える態度は、けっ!って言いたくなる)、
現代語訳の『源氏物語』は長い! たるいな。
読んだのは、あとちょろちょろ。
1〜2年前に短編を読んでえらくおもしろくって、
娯楽性が前面に出てて、それでいいんだろうけど、10代じゃあ気づかなかった、こんなうまいのか!に驚いたんだよなぁ。
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こういうのって伝播するのかな。
平野レミ、もだけど、パートナー(&それによってできた家族)のことを語っているのが、
もちろん腹の立つこととかもあっただろうけど、リスペクトがあって愛情にあふれていて(つくづく、これも才能だよなぁ。皆が皆、できるわけじゃない)、こちらまでやさしい気持ちになれる。
田辺聖子の場合は、まあるい。そして陽だまりのように温かい。押し付けがましさ、ってものがない。
まあ、ええやないの、って言われて、そうやね、そうかもしれんね、怒ってたのがアホくさ〜、って気になる。
エッセイ(風)のもだし、小説でもそうだし。
今の時代から見るとジェンダー的視点が立ちはだかるけど、
それはそれで時代もあるし、深層心理って変わらずこんなもんかもしれないだろうし、
それはそれでおいとくとして、文章も構成もうまいなぁ。
口調や表情や動きや腹の中が映像として見える、っていうのかな。
キリキリしてなくって、生き生きとしていて、軽妙。顔がほころんでる(時に、はっともするけど)。
文章って、やわらかくって飽きずにテンポよくすいすい読ませるものは、きっちりかたいものよりも、書くの、ずっと大変なのよね。。。
賞のあり方や取り巻く環境はおいておいて、直木賞でなく芥川賞だったのも、当然だと思う。
田辺聖子、ほんと、うまいもん。
でもって、かわいらしい人やなぁ。

