
その昔、東京・恵比寿は西口に、バスロータリーの向こう、ドトールからの小道を入って数軒先に、
「とんかつびっくり」というとんかつ屋、というか、とんかつが主力メニューの定食屋があった。逆側、東口を出たところには「由紀子」という屋台があって、いつが開店時間だったんだろう、朝早い時間も賑わっていた。
少し行くと、定食屋の「こづち」もあり、ここは健在。いかにも食堂然として、今の時代、なかなか味わい深い。
さらに進むと、ローカルな、日常と地続きな飲食店がちょこちょこあったけれど、今はほとんどなくなって、小洒落た店に取って代わられた。
東京ローカルの人と話していた時に、彼女が発した言葉。
「恵比寿は小さな町工場が多かったところだからね」
合点がいった。
私が上京した1987年、ガーデンプレイスはまだビール工場跡地で、恵比寿駅に埼京線は伸びてなく、駅ビルもなく。国鉄の最後の時代の恵比寿駅は、陸橋でホームを渡る、地方の駅みたいだった。
恵比寿は、のほほんとした普段着のエリアだった。隣りの代官山や広尾はおしゃれという位置づけだったけれど、恵比寿はそこへ行くための通過点、みたいな。
飲食店も、めぼしいのはラーメン屋の「香月」くらいだったか。「ウェンディーズ」と「ケンタッキー」のファストフード店がどかっとあるな、って印象だった(「マクドナルド」はなかった、と思う)。
1990年代前半に再開発されて、すっかり変わっちゃったけど。
・・・
東京の山手の山手、下町の下町、訪問者としてならともかく、どちらも私にはさほど居心地がよくない。
好きなのは、山手の下町。程よい距離感があって、落ち着く。
鉄道でいえば東急線で、城南エリア。
駅から近くない、ずんずん進み、ランドマークがないような住宅地。
そんなところに、ちょこちょこ飲食店がある。
はて?と思ったら、小さな町工場や会社が多い/多かったからなんだよね。
以前、前を通って、いかにもわかりやすい看板とのぼり、お客も出たり入ったり、その姿もにこやか。
メニューを見ると、とんかつがランチで1000円切ってる、じゃないの!
今度来る!

で、やっと来た。
「とん吉」(目黒本町、東京)
駅でいうと、目黒線の西小山駅が最寄りになるんだろうか。歩いて10分くらい、かな。武蔵小山の駅からも15分ほどでたどり着けるだろう。
ランチはとんかつメインに定食、カレー、かつ丼、で、
いちばん高いひれかつ3枚の定食で980円(2枚だと880円)。
これにする。
メニューの写真はとんかつドン!でわからなかったけれど、出てきてびっくり!
小鉢が2つもついていて、ひとつは煮物、見た目ほどは醤油が強くなく、甘め。ごはんに合う。一切れだけ入っていた苦手な筍も頑張って食べましたよ。
もうひとつの小ぶりな小鉢はさやいんげんとツナ缶の和えもので、香の物の代わり、だったのかもしれない。
お味噌汁も具だくさん。お豆腐でしょ、お揚げでしょ、わかめでしょ、白ネギでしょ。
ごはんもみっちり。やわらか過ぎずかた過ぎず、おいし過ぎず。他もそうだけど、特にごはんって、単独で食べる以外は、おいしければおいしいほどいいってもんじゃない。
ここのはおかずを食べるためにちょうどいいごはん、って感じ。
とんかつの皿には、半分にカットされたひれかつ3枚、
あらかじめごまだれドレッシングがかかったキャベツの千切り、きゅうりとレタスのサラダ、チェリートマト、そして卵焼きも。
肝心のとんかつは、衣のパン粉がかなり粗い。噛むたびに、ザクザクと音がするほどで、心地いい。
ものすごくおいしいとか、そういうんじゃなく、普段の食事の延長にある味わい。
銘柄豚とか、こだわりの塩やソースとか、そういうのもいいけれど、そういうのは結局よそいき、なんだよね、いつも食べるのはこういうのがいい。気構えも気負いもなく食べるのがいい。
私は卵メインの料理ってそんなに好んで食べないし、卵焼きは按配や好みがむずかしいなぁ、と感じているんだけど、ここのは相当好み。好みというより、こういうのがなじみ。
もう少しグチャとしててもいいんだけど、それだとさすがにお店で出せない、か(笑)。
お砂糖とお醤油の甘辛さ、なんだよね。これが好き、これがいい。
塩で、とか、だしを、とか、じゃなく、かといって、卵焼きに関しては味が薄いと卵の無機質な(これ、どう表現すればいいんだろう?)が立って、それも好みじゃなくってね。
店は奥に小上がりがあって、テーブル席。入ってすぐの手前のフロアもテーブルとカウンター。
わざわざ来るところじゃない。近所の住人や働いている人がふらっとのれんをくぐる。なじみの人も多く、出たり入ったり。持ち帰りの受け取りもあって、ウーバーイーツとかじゃなく、直接注文して、ってのが、らしい、なぁ。
おなじみと思しき方には「いつもの?」ときいて、少し言葉を交わし、会計の時にまたちょっと話す。ベラベラとお喋りに突入しない、この距離感がいい。
こういう店は、グルメガイドや記事の俎上に載せられることはない。
対象になったとしても、高い評価は得ないだろう。それでいい。そういう店じゃないから。
おいしい、もだけど、日常生活を担う、方に重きがあるから。
でも果たして、おいしい、ってなんだろうね。
その向こうにある背景や文化も含め、ハイエンドなお店は技術や味わいが大切であるように、家の食卓代わりとして普段の食生活を支えてくれるこういうお店も大事なんだよ。いちいち舌と脳で咀嚼しないで、五感をフル回転させないで、頭をからっぽにして目の前のものを食べることも必要なんだよ。
いつもを支えてくれるのは、心もほぐしてくれるいつもの食事。そういうことじゃないかな。
・・・
余談。
夜のメニューを見て、そういうことだよな、となった。
ごはんものの、他に、ビールなどのドリンク、そして、一品料理が並んでいて、フライやコロッケ、サラダなどが記載されている。
アテ、ってことだ。
カニクリームコロッケとか、食べてみたいな。
わざわざ飲みに来る、とは思えないけれど、とんかつのごはんもの食べて、ビール頼んで、ちょっと何かつまんで。
天ぷら屋もそういうの多いな、ひととおり食べた後で、これとこれを揚げてもらおうかな、と言って飲むパターン。
ただ、天ぷら屋は高級になればなるほどその傾向が強いけど、とんかつ屋はその逆、かも。そんな気がする。
tue 18/03/23

