7月11日(木)&12日(金)、1泊2日で長崎県平戸を訪ねたました。今年、2013年は、平戸英国商館設置400周年にあたり、
イギリス関連のイベントが行われていること、
そして平戸ならではのお菓子を巡るのが、この訪問の目的でした。
これらの詳細については、以下からご覧ください。
http://ricorice.exblog.jp/i26/
平戸は小さな町ながら、個性的なお菓子スポットがいくつもあります。
これから数回にわたって、おもしろいなと思ったところを紹介します。
平戸のお菓子、ひいては日本のお菓子を語るときに欠かせないものに、ポルトガルやスペインから伝わった南蛮菓子があります。
松浦家35代熈(ひろむ)の命により、
弘化2(1845)年に完成した『百菓之図』には、
百種類の菓名とイラスト、製法を記されており、
南蛮菓子の影響を受けたお菓子も多く認められます。
この松浦家の屋敷は、現在、松浦史料博物館として開放されています。
庭には茶室、閑雲亭(かんうんてい)があり、
ここでお菓子と抹茶をいただくことができます。
用意されているお菓子は、「カスドース」と「烏羽玉(うばたま)」。「カスドース」は卵黄に浸したカステラを蜜に漬け、砂糖をまぶした濃厚な味わいで、
江戸時代から伝わるお菓子です。
一方、「烏羽玉」は黒ゴマの入ったこしあんを求肥で包み、
和三盆糖をたっぷりまぶしたもので、いったんは途絶えていたものの、
前述の『百菓之図』をもとに数年前に復元されました。
(写真は「カスドース」)

この訪問でいただいたのは「烏羽玉」。抹茶によく合う、上品な味わいで、古に思いを馳せながらひと心地。
「カスドース」、「烏羽玉」とも
作ってらっしゃるのは、平戸蔦屋(以下、蔦屋)さん。
蔦屋さんで購入することもできます。
そしてお茶は、松浦家29代天祥鎮信が興した鎮信流。
江戸時代は主に武門の間に行われ、武家茶として継承されました。
鎮信はその著作『茶湯由来記』の中に
「文武は武家の二道にして、茶道は文武両道の内の風流なり、
さるによって柔弱を嫌い、強く美しきをよしとす」と記しています。
いただくときは、鎮信流では
お茶碗を両手にとり、回さずに一口。
次にお菓子をいただき、その後、残りの抹茶をいただきます。

これら、お菓子とお茶がいただける閑雲亭は、簡素にして風情ある草庵茶室です。ほとんどが自然の材料で構築。
明治26(1893)年、松浦家37代詮(茶号、心月)によって建築。
現在の建物は、昭和62(1987)年の台風で倒壊したものを、
一年の歳月をかけ再建されたものですが、
従来の萱葺を葭萱に替えたのみで、当時の姿を留めています。
こうして、シュガーロード/長崎街道の地に実際に赴いて痛感するのは、
昔のお菓子が残っているか否かは、
その土地を治めた人物の性格に拠るところが大きいということ。
結局、お菓子ですから、まずはそこに住む人々が食べていないと
継承されていないわけで、
その土地のお殿様がお茶を愛し、文化を愛でた土地には、
やはり昔から伝わるお菓子、お菓子を食べる文化が
生活に根づいているように思えます。
そういう視点で眺めると、私の地元(のような場所)である山口市も
地元に根づいたお菓子屋さんが多いなぁと感じます。
次回も、平戸のお菓子スポットをご紹介します。
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【シュガーロード(長崎街道)】江戸時代に整備された脇街道のひとつで、小倉・常磐橋を始点に長崎まで続く道。江戸時代、鎖国体制の中、海外との唯一の窓口であった出島に届いた砂糖は、この長崎街道を経て、京・大坂、そして江戸へと運ばれて行きました。長い年月の中で、菓子文化も大きく開花しました。
thu&fri 11&12/07/13
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