7月11日(木)&12日(金)、1泊2日で長崎県平戸を訪ねました。目的のひとつは、2013年は、平戸英国商館設置400周年を記念し、
25の飲食店がイギリスにちなんだメニューを提供する、
“イギリスを味わう”が行われているので、実際に見て食べること。
その内容については、以下をご覧ください。
概要はこちら→http://ricorice.exblog.jp/20807433/
フードメニューはこちら→http://ricorice.exblog.jp/20820707/
お菓子はこちら→http://ricorice.exblog.jp/20833975/
もうひとつの目的は、平戸ならではの伝統菓子を訪ねること。
平戸には、ポルトガルやスペインから伝わった南蛮菓子がベースとなっているお菓子が多く、
弘化2(1845)年、平戸藩松浦氏により記録された『百菓之図』には、
百種類のお菓子のイラストと製法が記され、
江戸時代に花開いた豊かな菓子文化を今に伝えています。
そしてそれらは今も残っているのです。
前回は、卵黄に浸したカステラを蜜に漬け、砂糖をまぶした「カスドース」、前々回は、ツツジ型のカステラ生地に練りあんが入った「花かすていら」を
ご紹介しました。
(写真は「カスドース」)
今回、レポートするのは「牛蒡餅」です。
このお菓子の歴史は古く、
16世紀に中国の貿易商人からその製法を学んだと伝えられています。
「牛蒡餅」とはいうものの、ゴボウは入っておらず、原料は米粉と砂糖のみ。
シンプルで素朴な味わいのお菓子です。
名前の由来は、昔は砂糖は黒糖を使い、
長いままの状態で茶席に出し、切って供しており、
その見た目と色がゴボウに似ていたからとされています。
「牛蒡餅」はいくつかのお店で製造販売されており、
今回、購入したのは2軒。
牛蒡餅本舗 熊屋(以下、熊屋)さんと平戸蔦屋(以下、蔦屋)さんのものです。


熊屋さんの「牛蒡餅」は、みっちりした生地で、しっかりとした弾力がありますが、もっちりと引きが強いわけではありません。
甘さはきっぱりとしています。
味は5種類。写真左から、抹茶、浜塩。桜味。白砂糖、黒砂糖。
5種類まとめて竹皮に包んだタイプが売られており、
ちょっとした手みやげにもよさそうです。

蔦屋さんの「牛蒡餅」は、ぱっと見、もちもちして甘みもありそうですが、
生地はそこまで密度がなく、比較的歯切れがよい。
甘さは上品です。
どちらのお店のものも、上にケシの実が散らしてあり、
ほのかな風味と食感があり、
シンプルなお菓子ながら食べ飽きません。
この「牛蒡餅」、前述の『百菓之図』にはその名前は出て来ていませんが、
同書に登場する「山椒羹」だと考えられています。
また、「牛蒡餅」の名前は、寛永20(1643)年に著された『料理物語』を筆頭に、
江戸時代の料理書に登場します。
この「牛蒡餅」にはゴボウが入り、
煮てすりおろしたゴボウ、米粉、砂糖をこねて生地とし、
ゆでたあとにゴマ油で揚げ、砂糖や砂糖蜜をからませたもの
(生地に卵が入り、ゆでずにそのまま揚げるものも)で、
16世紀にポルトガルから伝わった「ひりょうず(フィリョーシュ)」との
関連の可能性もあるようです。
そこで思い出したのが、イギリスの定番菓子のひとつ、キャロットケーキ。
今でこそ、お菓子に野菜と言うと、ニンジンぐらいしかぱっと思い浮かびませんが、
その昔はビートやパースニップといった根菜が
お菓子にも使われていました。
砂糖が高級だったので、自然な甘さがある根菜が使われていたのでは、
と睨んでいますが、
「牛蒡餅」のゴボウも同じ理由かしら?
ポルトガル伝来とすれば、根菜を使うことを含めて伝わったのかしら?
次回も引き続き、平戸のお菓子をご紹介したいと思います。
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【シュガーロード(長崎街道)】江戸時代に整備された脇街道のひとつで、小倉・常磐橋を始点に長崎まで続く道。江戸時代、鎖国体制の中、海外との唯一の窓口であった出島に届いた砂糖は、この長崎街道を経て、京・大坂、そして江戸へと運ばれて行きました。長い年月の中で、菓子文化も大きく開花しました。
thu&fri 11&12/07/13
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