だから、というわけではないのですが、
プライベートでどこかへ行く、となると、国際線が廉価になったこともあり、
つい海外に目が向いていました。
言葉が通じない、生活習慣が違う、そういったギャップを五感で感じるのが好きなのです。
そんなわけで、気づけば、仕事以外で、国内はあまりうろうろしていない。
九州に移って、おもしろいな、と思ったのが、
町によって表情の違いが大きいこと。
しかも、歴史がいろいろな形で、現在まで息づいているところが、
縦軸も横軸も交錯していて、へえええ〜、なのです。


平戸は、今年、2013年が英国商館設置400周年。それを記念して、食などのイベントなどがあること、
そして、陸路ではないものの、砂糖を考えたときに
シュガーロード/長崎街道において外せない場所でもあります。
これはぜひ行きたいなぁ、と願っており、
やっと先日訪ねることができました。
平戸でのイギリス関連のあれこれ、シュガーロード/長崎街道については、
これから少しずつアップしていきます。
今回はそれ以外の、個人的にはっとしたことについて、綴りたいと思います。
あらかじめ一言。私は歴史に明るくありません。
ですので、これから述べることが、
もう、今さら何言ってるの、なことかもしれませんが、
とんでもない大発見をした気分だったので、ここに記しておきます。
私は出身が山口県です。山口市の高校に通っていたこともあり、記念聖堂もあり、時を告げる鐘も聞いていましたから、
ザビエル(サビエル)というのは、何となく近い存在です。
平戸にも、ザビエル記念教会があるんですね。
このゴシック風様式の建物は、町を象徴する風景でもあります。
その色味や中の雰囲気が、1カ月ほど前に訪ねた長崎市の大浦天主堂を思い出させ、
30年ぶりに行った大浦天主堂で、
江戸時代(明治にかけても、か?)キリシタンが流配された場所として、
山口県があり、萩に多いんだなぁ、と初めて知ったことが蘇ってきました。


そして、町を歩けば、吉田松陰ゆかりの場所に出くわしました。宿泊した紙屋跡だったり、松陰の道や松陰井戸だったり
(紙屋跡では、松蔭とありました。くさかんむりが付く方が正しいのか?)。
長崎に行った、っていうのは知っていたけれど、平戸にも来ていたのか。
これは、平戸で初めて知りました。
平戸と萩、かぁ。そんなことをぼんやり考えていると、
萩には松浦姓が多いことが思い出されました。
しかも、松浦姓がかたまって暮らしているエリアがあったような。。。
平戸藩の藩主は松浦氏。関係あるのかないのか。
そして、あっ、と思わず声を上げそうになったのが、
この松浦姓の多いエリアだったか、遺体の埋葬の仕方が土葬なんです。
土葬が行われていることを知ったのは、四半世紀ほど前でしょうか。
当時は、強烈に、珍しいなぁ、という印象で、
地域性なのかなぁ、ぐらいに思っていたのですが、
平戸にいて、はっと思い出したのが、確かキリスト教は基本、土葬だったはず。
ただ、その土葬された方は、キリスト教徒ではなく、仏教徒として土葬されたような。。。
記憶が曖昧です。
たまたま符号した気がするのですが、
なんだか不思議な感触が残ります。
平戸は、不思議な町です。
もちろん日本なんだけれど、歩いていると、
スカイ島(スコットランドの島)、
パドストゥやセント・アイヴス(ともにイギリス、コーンウォールの町)、
ロンシャンやベルフォール(フランス東部の町)。
なぜか、海側、フランスのブルターニュや南仏の旅の記憶は蘇らず)を
ぶらぶらしたことが瞬時に鮮やかに思い出されては、はじけて消える。
清々しい、媚びない、確かにそこの暮らしがある、そんなところが似ているのかもしれません。
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