ウィンザー城やイートン校(名門パブリックスクール)、
アスコット競馬場(イギリス王室所有)など由緒ある施設があり、
“ロイヤル・バークシャー”とも呼ばれる。
地理的には、テムズ川、ケネット渓谷、バークシャー高原からなる地域である。
バークシャーは7世紀半ばに歴史に登場する。
ウェセックスのセーンウォール王がこの地の北側から西側にかけて治めたことに始まる。
そして、その200年後、バークシャーという名前が初めて現れる。
『アングロサクソン・クロニクル』
(アングロサクソンの歴史を記した古いイングランドの書)に
860年は災難の年だったことが記され、舞台となったこの地を初めてバークシャーと呼んだ。
以降、1000年の間、バークシャーはサクソン王たちのもと、領土問題でしばし翻弄される。
1974年、ヴェール・オブ・ホワイトホースの統治にあった際、
北部は隣接するオックスフォードシャー州に明け渡された。
そして1998年、バークシャーは中央集権としての役割を終えた。
しかしながら、現在も地理的にも歴史的にも、バークシャーは中心という意味合いは強い。
1642年から1648年まで続いたイングランド内戦(国王派と議会派の戦争)の舞台ともなり、
王室との関係は深く、
だからこそ “ロイヤル・バークシャー”とロイヤルの名を冠することを
1958年に女王から承認されているのである。
このようにバークシャーはイングランドの歴史を語るときに、
しばしば舞台となるエリアである。
さあ、話を本題であるバークシャーの地方料理に移そう。
バークシャーの地方料理の代表的なものとして、
筆頭にあげられるのは、ブラウン・ウィンザー・スープであろう。
肉をたっぷり使ったなめらかな舌触りのスープで、
名前自体はやや凡庸であるが、なかなかどうして、味わい深いものがある。
ただし、本当に上質なものを作るにはポイントがあり、
それはよいシチュー用の肉と、ちゃんととったスープストックを使うことだ。
ブラウン・ウィンザー・スープはヴィクトリア朝に好まれたメニューのひとつでもある。
多くのほかの料理もそうだが、残念なことに
一般化するに従い、粗雑になってしまった印象は否めない。
先に記したように、本来は非常に味わい深いスープである。
名物料理はとかく、オンメニューされたり、ときにはレストラン名に用いられたりする。
外で食べる場合は、そのあたりを見極めないと、
せっかくの料理の印象が台無しになってしまう可能性もある。
(・・続 く・・)
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